記録の歴史
NPBシーズン暴投ランキングTOP20
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投手の暴投は、1年間にどれほど積み重なるのか。歴代記録を投球回で割った頻度、同じ年の2位との差、投手成績から読み解く。
概要
NPB公式「暴投【シーズン記録】」の2026年度シーズン終了現在の上位20位相当の記録を対象とする。13位が14件同順位なので、13位タイまで計26記録をすべて掲載する。球団・年度・暴投・投球回はNPB公式に準拠。100投球回あたりの暴投数は記事独自の計算。
暴投は、投手の正規の投球を捕手が通常の守備では止められず、走者の進塁などが生じたときに記録される。年間の暴投数は投球回や走者状況などにも左右され、単純な数だけで制球力を順位付けすることはできない。ここでは歴代の暴投総数に加えて、投球回あたりの頻度と同じ年のリーグ内の差を比較する[1][2]。
詳細
NPBシーズン暴投ランキングTOP20
NPB公式のシーズン暴投記録では、2007年の新垣渚が25暴投で歴代最多。2位は1998年の石井一久の20暴投で5差がある。20位に相当する記録は13位タイの中に含まれ、13暴投の14記録が同順位。よって歴代TOP20相当をすべて掲載すると26シーズンになる[1]。
順位、投手名、所属、年度、暴投、投球回はNPB公式。「暴投/100回」は暴投÷投球回×100(小数第2位表示)の独自比較値。投球回表記の「.1」は1/3回、「.2」は2/3回で、十進小数ではない。順位は暴投の総数により決まる[1]。
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◇同じ年のリーグ2位に15暴投差
2007年パ・リーグは新垣渚が25暴投で1位、2位の楽天・田中将大が10暴投、3位は7暴投で4投手が並んだ。首位の25暴投は同年2位の2.5倍、差は15暴投。時代の違う投手と比べるよりも、同一年・同一リーグでどれだけ突出していたかが分かる[3]。
同じシーズン・同一リーグの暴投数1位と2位を比較。NPB歴代ランキングとは別の順位である[3][4][5]。
◇2025年の最多暴投と比べる
2025年の暴投最多はセ・リーグで髙橋宏斗の9、パ・リーグで種市篤暉の9。歴代最多の25暴投は2025年の両リーグ最多を16上回り、約2.78倍である。ただし異なる時代の試合数・投球回・走者状況が等しいわけではなく、能力差の単純比較にはならない[1][6][7]。
◇TOP20相当の平均もすでに特別な数字
全26記録の暴投数の単純平均は約14.5暴投。この平均に対して25暴投は約1.73倍だが、対象は13暴投以上の記録に偏っている。NPBの全投手・全シーズンの一般的な平均ではないため、比較の意味を限定して読む必要がある[1]。
投球回で割るとランキングの見え方が変わる
◇同じ15暴投でも100回当たりの頻度が異なる
2008年の新垣渚は92回2/3で15暴投、越智大祐は71回1/3で15暴投。一方1991年の野茂英雄は242回1/3で15暴投だった。100投球回あたりに直すとそれぞれ約16.19、21.03、6.19暴投。同じ本数でも投球回という機会の違いが大きい[1]。
頻度順は「シーズン暴投ランキング上位20位相当の26記録」の内部比較で、NPB全投手の歴代暴投率ではない。100投球回あたりの値は投球回の端数を3分の1回単位で計算した。走者の数や捕手の守備機会は補正していない[1]。
◇クルーンは13暴投でも頻度で最上位
2008年のクルーンは61投球回で13暴投となり、100投球回あたり約21.31暴投。登板数は61、41セーブ、防御率2.21だった。同年の越智大祐も71回1/3・15暴投ながら68登板、10ホールド、防御率2.40を記録。救援投手の短い投球回で暴投が集中すると、累積数は13~15でも頻度は高くなる[1][8][9]。
◇1939年の投手と現代の救援投手は投球量が違う
1939年の亀田忠は371投球回で14暴投、菊矢吉男は335投球回で14暴投。一方クルーンは61回で13暴投だった。暴投数はほぼ同じでも、100投球回あたりでは亀田が約3.77、菊矢が約4.18、クルーンが約21.31になる。救援分業やシーズン規模、記録条件の違いを見ずに「投手の荒れ方」を断定できない[1]。
記録を残した投手のシーズンを詳しく見る
◇2007年の新垣渚は132奪三振と7勝
新垣は2007年に21登板・137回1/3で25暴投、132奪三振、7勝10敗、防御率3.60。翌2008年には15登板・92回2/3で15暴投、105奪三振だった。この2年の暴投は合計40で、通算101暴投の約39.6%を占める。ただし特定球種や捕手との組み合わせを暴投増加の原因と断定する資料は示していない[10][11]。
◇1998年の石井一久は20暴投と241奪三振
石井一久は1998年に196回1/3を投げ20暴投、241奪三振、14勝6敗、防御率3.30でセ・リーグの最多奪三振となった。「暴投の多いシーズン」と「奪三振を大量に取ったシーズン」は両立しており、暴投だけでその年の投球成績全体を評価できない[12][13]。
◇村田兆治は現役最終年にも17暴投
村田兆治は1990年に115回2/3で17暴投を記録し、通算では148暴投のNPB歴代最多となった。野球殿堂博物館は、マサカリ投法とフォークボール、肘の故障と復帰について紹介している。1990年は10勝8敗・103奪三振だった。球種と暴投の因果関係を個々の投球で検証したものではない[1][14][15]。
◇2008年の巨人は救援投手2人が歴代上位
2008年の巨人では越智大祐が15暴投で歴代5位タイ、クルーンが13暴投で13位タイに入った。同年クルーンは41セーブでセ・リーグのセーブ王、越智は68試合に登板して101奪三振を記録。救援投手の出場形態を考えると、シーズン暴投を先発投手の累積記録と同じ投球回で評価してはいけない[1][8][9]。
複数回ランクインと年代の分布
◇新垣渚・石井一久・村田兆治・野茂英雄が2度ずつ
新垣渚は2007年25・2008年15、石井一久は1998年20・2001年14、村田兆治は1976年13・1990年17、野茂英雄は1991年15・1993年13暴投。4人が2シーズンずつ入っているため、26記録は22人の投手によるものだ。近年の救援投手や1939年の投手も含まれ、時代や投球量には幅がある[1]。
◇このランキングは1950年代以降だけではない
1939年の亀田忠と菊矢吉男の14暴投も8位タイに含まれる。一方、直近で掲載されたのは2021年の髙橋光成の13暴投。シーズン暴投数の順位は、長期間にわたる各時代の投手起用や守備記録を同一の項目で並べたものであり、球場や投球環境の違いを補正した成績ではない[1]。
暴投と捕逸はどう違うのか
◇捕手が捕れなかった球すべてが暴投にはならない
公認野球規則9.13は、正規の投球が高すぎる、横にそれる、低すぎるなどして捕手の普通の守備で処理できず、走者の進塁を許したときに暴投を記録する。通常の守備で捕れる球を捕手が処理できず走者が進めば捕逸となる。第3ストライクで打者が一塁に生きた場合にも条件に応じて暴投または捕逸が記録される[2]。
◇暴投の数から失点数は分からない
暴投は必ずしも失点を意味せず、走者が進んでも得点に結び付かない場合がある。捕手が取りこぼしても走者の進塁を守備側が防いだときは、暴投・捕逸が記録されない場合もある。暴投数を制球ミスや失点数と完全に同一視してはいけない[2]。
このランキングで分かること
シーズン暴投の最高は25で、同年リーグ2位との差15という突出ぶりがある。ただし被投球機会に近い「投球回」で割ると、同じ15暴投や13暴投でも大きな差が生じ、先発と救援では記録の積み重ね方が異なる。1人の投手を評価する際には、暴投総数に加えて投球回、奪三振や勝敗、起用法などを一緒に見る必要がある。
◇集計条件と注意点
順位・暴投・年度・球団・投球回はNPB公式「暴投【シーズン記録】」の2026年度シーズン終了現在。13位タイの14件を含む26シーズンを掲載。100投球回あたりの暴投数、平均値、構成比は記事独自の計算であり、投球回の「.1」「.2」はそれぞれ1/3・2/3として計算した。2025年との比較は異なる年度の参考値。資料確認日:2026年10月10日[1]。