詳細
46勝110敗の差
小林の通算成績は284登板、46勝110敗、1444回2/3、549奪三振、防御率4.24、勝率.295。65完投、11完封勝も記録した。勝敗が付いたのは156登板分で、残る128登板には勝利・敗北のどちらも付いていない[A1]。
答えの年欄は最後の公式戦出場シーズンである1958、チーム欄は最終所属の近鉄パールスとした。借金64は一つの球団や一年だけの成績ではなく、NPBでの全所属期間を合計した通算記録である[A1][A23]。
通算借金の歴代TOP20
借金=敗北−勝利の大きい順に並べた。同数は同順位とし、同順位内は勝利数の多い順。20人全員が引退選手で、各数値はNPBの個人年度別成績から採用した。100勝に届かない投手もランキングに含めている[A1]。
| 順位 | 選手名・実働期間 | 借金・勝敗 | 防御率・勝率 | 登板・投球回・奪三振 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 小林経旺 1948〜1958 | 借金64 46勝110敗 | 防御率4.24 勝率.295 | 284登板 1444回2/3 549奪三振[A1] |
| 2 | 黒田勉 1956〜1965 | 借金55 38勝93敗 | 防御率3.70 勝率.290 | 350登板 1156回2/3 730奪三振[A2] |
| 3 | 江田孝 1941〜1957 | 借金50 97勝147敗 | 防御率3.61 勝率.398 | 370登板 2165回 447奪三振[A3] |
| 4 | 内藤幸三 1936〜1951 | 借金49 92勝141敗 | 防御率3.27 勝率.395 | 368登板 2220回2/3 1031奪三振[A4] |
| 5 | 渋谷誠司 1962〜1969 | 借金45 40勝85敗 | 防御率3.71 勝率.320 | 291登板 1049回 634奪三振[A5] |
| 6 | 大石正彦 1954〜1962 | 借金44 62勝106敗 | 防御率3.06 勝率.369 | 326登板 1525回 743奪三振[A6] |
| 7 | 仲田幸司 1985〜1997 | 借金42 57勝99敗 | 防御率4.06 勝率.365 | 335登板 1335回 1158奪三振[A7] |
| 8 | 近藤久 1936〜1940 | 借金41 33勝74敗 | 防御率3.25 勝率.308 | 185登板 1021回2/3 500奪三振[A8] |
| 9 | 森井茂 1936〜1950 | 借金40 53勝93敗 | 防御率3.11 勝率.363 | 233登板 1350回1/3 368奪三振[A9] |
| 10 | 園川一美 1986〜1999 | 借金39 76勝115敗 | 防御率4.32 勝率.398 | 376登板 1543回1/3 1169奪三振[A10] |
| 11 | 権藤正利 1953〜1973 | 借金37 117勝154敗 | 防御率2.78 勝率.432 | 719登板 2513回 1943奪三振[A11] |
| 11 | 武智文雄 1950〜1962 | 借金37 100勝137敗 | 防御率2.97 勝率.422 | 401登板 2015回 773奪三振[A12] |
| 11 | 古谷倉之助 1936〜1942 | 借金37 56勝93敗 | 防御率2.48 勝率.376 | 247登板 1445回2/3 558奪三振[A13] |
| 14 | 大脇照夫 1952〜1958 | 借金36 35勝71敗 | 防御率3.30 勝率.330 | 223登板 951回1/3 407奪三振[A14] |
| 15 | 河原明 1968〜1975 | 借金35 41勝76敗 | 防御率4.25 勝率.350 | 280登板 974回1/3 597奪三振[A15] |
| 15 | 畑福俊英 1936〜1943 | 借金35 41勝76敗 | 防御率2.78 勝率.350 | 167登板 1107回2/3 373奪三振[A16] |
| 15 | 飯尾為男 1951〜1963 | 借金35 35勝70敗 | 防御率3.10 勝率.333 | 319登板 1122回 545奪三振[A17] |
| 18 | 備前喜夫 1952〜1962 | 借金34 115勝149敗 | 防御率2.96 勝率.436 | 446登板 2119回1/3 835奪三振[A18] |
| 19 | 前田幸長 1989〜2007 | 借金32 78勝110敗 | 防御率4.17 勝率.415 | 595登板 1577回 1241奪三振[A19] |
| 19 | 福士勇 1939〜1942 | 借金32 45勝77敗 | 防御率2.33 勝率.369 | 183登板 1100回2/3 334奪三振[A20] |
借金が同数なら順位も同じ。19位は前田幸長と福士勇の2人で、次は21位となる。防御率・勝率は個人ページの表示値。投球回の1/3と2/3はアウト数による端数で、小数ではない。実働期間は最初と最後のNPB公式戦出場年。各行の出典は、その選手の個人年度別成績である。
敗戦数の最多とは違う
NPBの通算敗戦数最多は金田正一の298敗。しかし400勝しているため、勝敗差は+102で貯金となる。小林の110敗はそれより188少ないが、46勝との差が−64となり、借金の多さでは上回る。敗戦数だけを並べるランキングとは、見るものが異なる[A1][A26]。
2位の黒田勉は38勝93敗で借金55。小林との差は9である。一方、100勝以上の投手に限ると、最多借金は117勝154敗の権藤正利と100勝137敗の武智文雄で、ともに37となる。今回の答えを出す対象は全投手なので、小林を100勝未満という理由で除外しない[A2][A11][A12][A22]。
平均との比較に符号を付ける
通算100勝以上の145人のうち、勝ち越しは117人、勝敗同数は2人、負け越しは26人。全員の勝敗差を符号付きで足すと+4,203となり、一人平均は約+28.99である。負け越した投手を外した「貯金のある投手だけの平均」ではない[A21][A22]。
小林は46勝なので平均の母集団には入らない。その−64と、100勝以上の投手の平均+28.99を同じ勝敗差の軸に置くと、差は約92.99になる。プラスとマイナスをまたぐ比較であり、64÷28.99という倍率は使わない。時代をそろえた平均ではなく、長期に勝利を積んだ投手群との参考比較である[A1][A21][A22]。
18勝した年もある
最初の3年は合計7勝21敗で、借金14。1951年には55登板、293回を投げて18勝15敗と勝ち越し、借金を3減らした。11シーズンで唯一の勝ち越し年で、シーズン終了時の累計は25勝36敗、借金11となった[A1]。
翌1952年は50登板、321回2/3で12勝27敗。年別の借金15は小林自身で最大だった。防御率は前年の4.85から3.69へ下がり、完投は14から26、完封勝は3から6へ増えたが、勝敗差は+3から−15へ変わっている。防御率の改善がそのまま勝ち越しにつながるとは限らないことが、二年の数値から分かる[A1]。
| 年度 | 所属球団 | 年別勝敗・借金 | 通算勝敗・借金 | 投球成績 |
|---|---|---|---|---|
| 1948 | 金星 | 3勝9敗 年別借金+6 | 3勝9敗 累計借金6 | 防御率2.37 17登板/129回 54奪三振 |
| 1949 | 大陽 | 3勝7敗 年別借金+4 | 6勝16敗 累計借金10 | 防御率6.07 16登板/91回1/3 38奪三振 |
| 1950 | 松竹 | 1勝5敗 年別借金+4 | 7勝21敗 累計借金14 | 防御率6.14 11登板/44回 20奪三振 |
| 1951 | 松竹 | 18勝15敗 年別借金-3 | 25勝36敗 累計借金11 | 防御率4.85 55登板/293回 108奪三振 |
| 1952 | 松竹 | 12勝27敗 年別借金+15 | 37勝63敗 累計借金26 | 防御率3.69 50登板/321回2/3 159奪三振 |
| 1953 | 洋松 | 1勝5敗 年別借金+4 | 38勝68敗 累計借金30 | 防御率6.84 13登板/49回1/3 12奪三振 |
| 1954 | 洋松 | 2勝6敗 年別借金+4 | 40勝74敗 累計借金34 | 防御率4.06 21登板/93回 37奪三振 |
| 1955 | 大洋 | 2勝14敗 年別借金+12 | 42勝88敗 累計借金46 | 防御率4.10 27登板/125回 38奪三振 |
| 1956 | 大洋 | 4勝13敗 年別借金+9 | 46勝101敗 累計借金55 | 防御率3.47 36登板/191回1/3 56奪三振 |
| 1957 | 大洋 | 0勝7敗 年別借金+7 | 46勝108敗 累計借金62 | 防御率4.69 24登板/70回2/3 18奪三振 |
| 1958 | 近鉄 | 0勝2敗 年別借金+2 | 46勝110敗 累計借金64 | 防御率4.14 14登板/36回1/3 9奪三振 |
年別借金は当年の敗北−勝利、累計借金は当年までの敗北−勝利。1951年の年別−3は貯金3に相当し、累計借金を減らす。全11年の勝利合計46、敗北合計110、年別借金の合計64は通算値と一致する。1949年の投手成績表の球団表示は大陽で、公式在籍者名簿には同年途中まで大映、その後大陽とある[A1][A23]。
27敗でも6度の完封勝
1952年の27敗は、NPBのシーズン敗戦数で歴代3位タイ。小林恒夫という当時の登録名で公式表に載っている。その一方で、6完封勝は通算11完封勝の半分以上を占める。年別の借金15と併せて、長い投球回や投げ切った試合も残した年だった[A1][A25]。
この年の松竹は34勝84敗2分け、勝率.288で7球団中最下位。小林の12勝は球団の勝利の約35.3%、27敗は球団の敗北の約32.1%に当たる。個人の防御率3.69は球団防御率4.05を下回り、投球回321回2/3は球団総投球回1068回の約30.1%だった。球団の成績と大きな投球負担は確認できるが、それだけで個々の敗戦の原因を決めることはできない[A1][A24]。
後半4年で借金30が加わる
1955年から1958年は合計6勝36敗で借金30。最終的な64の約46.9%が、この4シーズンで増えた。1957年と1958年は合わせて0勝9敗で、1956年終了時の借金55から、最終通算の64へ達した[A1]。
ここでの通算記録は確認時点の全期間の累計で、現役途中の試合ごとの最大借金を競うものではない。小林の年末累計では1958年の64が最大だが、シーズン中の勝敗の順序まではこの年別表から分からない[A1]。
左腕の特徴を成績から読む
小林は左投左打。台中商、台湾電力、上田栞製作所、国民リーグの大塚アスレチックスを経て、1948年に金星でNPBの公式戦に初出場した。国民リーグでの勝敗は、このNPB通算の46勝110敗には含めない[A1]。
通算549奪三振を1444回2/3で割った9回換算は約3.42個。奪三振549に対して与四球は559で、K/BBは約0.98となる。三振を大量に取る成績ではなく、勝敗差以外にも投球の傾向を読む材料がある。ただし、球種や球速はこの公式成績表からは判断できない[A1]。
参考指標の計算は、奪三振×9÷投球回、K/BB=奪三振÷与四球。1444回2/3は1444+2/3として計算し、小数第3位を四捨五入した。これらは小林個人の通算成績を読む指標で、100勝以上の平均貯金との比較には混ぜない[A1]。
三つの登録名で残る記録
公式在籍者名簿によると、1948年は小林恒夫、1949年は小林常夫、1950年から1954年は再び小林恒夫、1955年からは小林経旺を名乗った。名前が変わっても同じ選手の記録であり、別人として集計していない。1952年の27敗の表と現在の個人ページで表記が異なるのは、この改名による[A23][A25]。
在籍者名簿では金星、大映、大陽、松竹、洋松、大洋、近鉄という名称が並ぶ。途中移籍と球団名の変更を含むため、名称の数をそのまま独立した移籍回数とは数えない。通算成績表では、実際に投げた年度の表示に従って年別成績を記載した[A1][A23]。
借金上位にも残る別の達成記録
借金36で14位の大脇照夫は、1956年5月3日に奪三振0でノーヒットノーランを達成した投手でもある。通算35勝71敗という差と、一試合で安打も得点も許さなかった達成は同時に残っている。通算借金の順位だけで、その投手のすべての活躍が表されるわけではない[A14][A28]。
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対象はNPB一軍レギュラーシーズンの通算投手成績。戦前の1リーグ時代と交流戦を含む。MLBなど海外リーグ、国民リーグ、二軍、オープン戦、オールスター、日本シリーズ、CSは含めない。現役選手も確認対象とした。資料確認日は2026年10月10日。通算の現役成績はNPB公式掲載値で、通算ランキングは2026年度シーズン終了現在の表示を基準にした[A21][A22][A26][A27]。
借金ランキングはNPBの公式表の名称ではなく、公式の勝利・敗北から独自に算出した。候補探索には二次資料の敗戦順一覧も利用し、32以上の借金候補をNPB個人ページで照合した。TOP20の境界は借金32で、32敗未満の投手は勝利が0でもその境界に届かない。二次資料は候補確認に用い、掲載数値は一次資料に統一した[B1]。