詳細
276勝と137敗の差
稲尾の通算成績は756登板、276勝137敗、3599回、2574奪三振、防御率1.98、勝率.668。完投179、完封43も記録した。勝敗が付いたのは413登板分で、756登板すべてに勝ち負けが付いたわけではない。通算貯金139は、公式の勝利と敗北を差し引いて計算した値である[A2]。
年欄の1969は最後に公式戦へ出場したシーズンを示す。ここでいう通算は確認時点の全現役期間の累計であり、現役途中に一時的に記録した最大の貯金とは分けている[A2]。
通算貯金の歴代TOP20
貯金の多い順に並べ、同数は同順位とした。同順位内は通算勝利数の多い順。主要成績も併記し、勝ち越しの差がどのような投球量・防御率と並んでいるかを見られるようにした。表の20人は全員引退選手で、数値は確定したNPB通算成績である[A1]。
| 順位 | 選手名・実働期間 | 貯金・勝敗 | 防御率・勝率 | 登板・投球回・奪三振 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 稲尾和久 1956〜1969 | 貯金139 276勝137敗 | 防御率1.98 勝率.668 | 756登板 3599回 2574奪三振[A2] |
| 2 | 別所毅彦 1942〜1960 | 貯金132 310勝178敗 | 防御率2.18 勝率.635 | 662登板 4350回2/3 1934奪三振[A3] |
| 3 | スタルヒン 1936〜1955 | 貯金127 303勝176敗 | 防御率2.09 勝率.633 | 586登板 4175回1/3 1960奪三振[A4] |
| 4 | 山田久志 1969〜1988 | 貯金118 284勝166敗 | 防御率3.18 勝率.631 | 654登板 3865回 2058奪三振[A5] |
| 5 | 藤本英雄 1942〜1955 | 貯金113 200勝87敗 | 防御率1.90 勝率.697 | 367登板 2628回1/3 1177奪三振[A6] |
| 6 | 金田正一 1950〜1969 | 貯金102 400勝298敗 | 防御率2.34 勝率.573 | 944登板 5526回2/3 4490奪三振[A7] |
| 7 | 野口二郎 1939〜1952 | 貯金98 237勝139敗 | 防御率1.96 勝率.630 | 517登板 3447回1/3 1395奪三振[A8] |
| 8 | 若林忠志 1936〜1953 | 貯金93 237勝144敗 | 防御率1.99 勝率.622 | 528登板 3557回1/3 1000奪三振[A9] |
| 9 | 杉下茂 1949〜1961 | 貯金92 215勝123敗 | 防御率2.23 勝率.636 | 525登板 2841回2/3 1761奪三振[A10] |
| 10 | 小山正明 1953〜1973 | 貯金88 320勝232敗 | 防御率2.45 勝率.580 | 856登板 4899回 3159奪三振[A11] |
| 11 | 斎藤雅樹 1984〜2001 | 貯金84 180勝96敗 | 防御率2.77 勝率.652 | 426登板 2375回2/3 1707奪三振[A12] |
| 12 | 工藤公康 1982〜2010 | 貯金82 224勝142敗 | 防御率3.45 勝率.612 | 635登板 3336回2/3 2859奪三振[A13] |
| 12 | 皆川睦雄 1954〜1971 | 貯金82 221勝139敗 | 防御率2.42 勝率.614 | 759登板 3158回 1638奪三振[A14] |
| 12 | 中尾碩志 1939〜1957 | 貯金82 209勝127敗 | 防御率2.48 勝率.622 | 516登板 3057回 1597奪三振[A15] |
| 15 | 杉浦忠 1958〜1970 | 貯金81 187勝106敗 | 防御率2.39 勝率.638 | 577登板 2413回1/3 1756奪三振[A16] |
| 16 | 鈴木啓示 1966〜1985 | 貯金79 317勝238敗 | 防御率3.11 勝率.571 | 703登板 4600回1/3 3061奪三振[A17] |
| 17 | 村山実 1959〜1972 | 貯金75 222勝147敗 | 防御率2.09 勝率.602 | 509登板 3050回1/3 2271奪三振[A18] |
| 18 | 大友工司 1950〜1960 | 貯金73 130勝57敗 | 防御率2.11 勝率.695 | 294登板 1591回2/3 948奪三振[A19] |
| 19 | 北別府学 1976〜1994 | 貯金72 213勝141敗 | 防御率3.67 勝率.602 | 515登板 3113回 1757奪三振[A20] |
| 20 | 和田毅 2003〜2024 | 貯金71 160勝89敗 | 防御率3.18 勝率.643 | 334登板 2099回2/3 1901奪三振[A21] |
貯金=勝利−敗北。勝率は各個人ページの表示値(小数第3位まで)を使用。投球回の1/3、2/3は小数ではなくアウト数を表す。実働期間はNPB公式戦への出場期間。★はこの記事の対象選手。各行の個人年度別成績を出典として対応させた。セーブ・ホールドは記録制度の導入時期が異なるため、この比較表の指標にはしていない[A2][A3][A4][A5][A6][A7][A8][A9][A10][A11][A12][A13][A14][A15][A16][A17][A18][A19][A20][A21]。
勝利数と勝率では順位が変わる
最多勝利の金田正一は400勝298敗で貯金102。貯金では6位になる。一方、稲尾は276勝で勝利数8位だが、敗北数を137に抑えて貯金139を残した。金田は稲尾より124勝多いものの、敗北も161多いため、差し引きでは稲尾の貯金が37多くなる[A1][A2][A7]。
通算勝率の公式ランキングは2000投球回以上が対象で、1位は藤本英雄の.697。藤本は200勝87敗、貯金113でこの表では5位である。勝率の高さだけでも最多貯金にはならず、勝敗の件数も差の大きさに関わる[A6][A22]。
工藤公康、皆川睦雄、中尾碩志は、勝利数も敗北数も異なるが、差はいずれも82。この3人は同率12位となる。ランキングの基準を勝利数から貯金へ変えることで、異なる成績が同じ位置に並ぶ[A13][A14][A15]。
最初の8年で貯金142
稲尾は新人の1956年に21勝6敗、貯金15で出発した。1957年は35勝6敗で貯金29、1958年は33勝10敗で貯金23。最初の3年で89勝22敗、通算貯金67に到達している[A2]。
1961年は42勝14敗で貯金28。78登板、404回、353奪三振、防御率1.69を記録した。1957年の29と1961年の28を合わせると57で、最終的な通算貯金139の約41.0%に当たる。特に大きく勝ち越した年が累計を押し上げている[A2]。
1956年から1963年まで8年連続で20勝以上を挙げ、この8年間の合計は234勝92敗、貯金142。通算276勝の約84.8%を最初の8年で挙げた。以後6年は計42勝45敗で差が3減り、最終的に貯金139で終えた[A2]。
| 年度 | 選手名 | 年別勝敗・貯金 | 通算勝敗・貯金 | 投球成績 |
|---|---|---|---|---|
| 1956 | 稲尾和久 | 21勝6敗 年別貯金+15 | 21勝6敗 累計貯金15 | 防御率1.06 61登板/262回1/3 182奪三振 |
| 1957 | 稲尾和久 | 35勝6敗 年別貯金+29 | 56勝12敗 累計貯金44 | 防御率1.37 68登板/373回2/3 288奪三振 |
| 1958 | 稲尾和久 | 33勝10敗 年別貯金+23 | 89勝22敗 累計貯金67 | 防御率1.42 72登板/373回 334奪三振 |
| 1959 | 稲尾和久 | 30勝15敗 年別貯金+15 | 119勝37敗 累計貯金82 | 防御率1.65 75登板/402回1/3 321奪三振 |
| 1960 | 稲尾和久 | 20勝7敗 年別貯金+13 | 139勝44敗 累計貯金95 | 防御率2.59 39登板/243回 179奪三振 |
| 1961 | 稲尾和久 | 42勝14敗 年別貯金+28 | 181勝58敗 累計貯金123 | 防御率1.69 78登板/404回 353奪三振 |
| 1962 | 稲尾和久 | 25勝18敗 年別貯金+7 | 206勝76敗 累計貯金130 | 防御率2.30 57登板/320回2/3 228奪三振 |
| 1963 | 稲尾和久 | 28勝16敗 年別貯金+12 | 234勝92敗 累計貯金142 | 防御率2.54 74登板/386回 226奪三振 |
| 1964 | 稲尾和久 | 0勝2敗 年別貯金-2 | 234勝94敗 累計貯金140 | 防御率10.64 6登板/11回1/3 2奪三振 |
| 1965 | 稲尾和久 | 13勝6敗 年別貯金+7 | 247勝100敗 累計貯金147 | 防御率2.38 38登板/216回 101奪三振 |
| 1966 | 稲尾和久 | 11勝10敗 年別貯金+1 | 258勝110敗 累計貯金148 | 防御率1.79 54登板/185回2/3 134奪三振 |
| 1967 | 稲尾和久 | 8勝9敗 年別貯金-1 | 266勝119敗 累計貯金147 | 防御率2.65 46登板/129回 87奪三振 |
| 1968 | 稲尾和久 | 9勝11敗 年別貯金-2 | 275勝130敗 累計貯金145 | 防御率2.77 56登板/195回 93奪三振 |
| 1969 | 稲尾和久 | 1勝7敗 年別貯金-6 | 276勝137敗 累計貯金139 | 防御率2.78 32登板/97回 46奪三振 |
年別貯金はその年の勝利−敗北、累計貯金は当年までの通算勝利−通算敗北。年別の差と累計を混同しない。全14年の勝利合計276、敗北合計137、年別貯金の合計139で通算と一致する[A2]。
現役途中の最大値とは違う
シーズン終了時の累計では1966年の148が稲尾自身の最多で、最終通算の139より9多い。これは年末の累計だけを比較した値であり、試合ごとに増減した現役途中の最大値を確認したものではない。他の全投手についても途中の最高値を競う記事ではない[A2]。
鉄腕を支えた成績と投球の特徴
稲尾は右投右打で、別府緑ヶ丘高から西鉄へ入った。野球殿堂博物館は、頭脳的な投球と巧みなスライダーを特徴として紹介している。新人年の防御率1.06をはじめ、最優秀防御率を5回、最多勝を4回獲得した[A2][A23]。
通算756登板に対して179完投という数字からは、先発で投げ切った試合だけで通算勝利を積んだわけではないことも分かる。ただし、勝利は打線の援護や継投、敗北は失点のタイミングなどにも左右される。貯金だけを用いて投手個人の能力や時代を越えた優劣がすべて決まるとはいえない。防御率、投球回、奪三振を併記したのは、勝敗の差を投球成績と一緒に読むためである[A2]。
日本シリーズの活躍は別の記録
野球殿堂博物館は、1956年から3年続いた対巨人の日本シリーズでの連投も、稲尾を代表する活躍として紹介している。ただし、日本シリーズの勝敗はレギュラーシーズン通算に含まれず、この記事の貯金139に足していない[A23]。
集計範囲と確認日
対象はNPB一軍レギュラーシーズンの通算投手成績。戦前の1リーグ時代と交流戦を含み、MLB・その他海外リーグ、二軍、オープン戦、オールスター、日本シリーズ、CSは含めない。現役投手も対象とし、資料確認日は2026年10月10日。通算勝利ランキングの基準表示は2026年度シーズン終了現在[A1]。
貯金ランキングはNPBの公式表の名称ではなく、公式の勝利・敗北から独自に算出した並びである。候補確認には公式100勝達成者一覧と二次資料の勝利TOP300も利用した。二次資料には日米通算や古い選手の欠落・一部期間のみの数値があるため、掲載成績には用いず、各選手のNPB個人年度別成績を採用した[A24][B1]。