通算で最も多くの貯金を残した投手は?

勝ち星の多い投手が、最も多くの貯金を残したとは限らない。通算勝利数から敗北数を引くと、歴代の名投手はどのような順位になるのだろうか。

一般的には?

投手の「貯金」は、勝利数から敗北数を引いた差を指す。例えば10勝10敗なら0、20勝10敗なら10。同じ勝利数でも、敗北数が少ないほど貯金は大きくなる。勝率は勝利数を勝敗の合計で割る割合で、貯金とは別の指標だ。長い現役生活を通じて勝ち越しを積み上げた投手は、どれだけの差を残しているのだろうか。

歴代2位の通算貯金
132勝分

答え

投手の通算貯金数貯金139

答えは貯金139。稲尾和久は1956年から1969年まで西鉄ライオンズで276勝137敗を記録し、276−137=139の通算貯金を残した。NPB一軍公式戦の通算勝利数と敗北数の差では歴代最多となる[A1][A2]。

年
1969年
選手
稲尾和久
チーム
西鉄ライオンズ
カテゴリ
投手

普通と比べると

歴代2位の通算貯金
132勝分
投手の最多通算貯金
139勝分

歴代2位より貯金が7多い。

一般平均ではなく、同じNPB通算集計における歴代2位との比較。1位276−137=139、2位310−178=132、差139−132=7。勝敗の付かない登板と引き分けは勝利・敗北のどちらにも加算しない。勝率は勝利÷(勝利+敗北)。集計対象はNPB一軍レギュラーシーズン公式戦。MLB・二軍・日本シリーズなどの成績を含めない[A1][A2][A3]。

詳細

276勝と137敗の差

稲尾の通算成績は756登板、276勝137敗、3599回、2574奪三振、防御率1.98、勝率.668。完投179、完封43も記録した。勝敗が付いたのは413登板分で、756登板すべてに勝ち負けが付いたわけではない。通算貯金139は、公式の勝利と敗北を差し引いて計算した値である[A2]。

年欄の1969は最後に公式戦へ出場したシーズンを示す。ここでいう通算は確認時点の全現役期間の累計であり、現役途中に一時的に記録した最大の貯金とは分けている[A2]。

通算貯金の歴代TOP20

貯金の多い順に並べ、同数は同順位とした。同順位内は通算勝利数の多い順。主要成績も併記し、勝ち越しの差がどのような投球量・防御率と並んでいるかを見られるようにした。表の20人は全員引退選手で、数値は確定したNPB通算成績である[A1]。

順位選手名・実働期間貯金・勝敗防御率・勝率登板・投球回・奪三振
1稲尾和久 1956〜1969貯金139 276勝137敗防御率1.98 勝率.668756登板 3599回 2574奪三振[A2]
2別所毅彦 1942〜1960貯金132 310勝178敗防御率2.18 勝率.635662登板 4350回2/3 1934奪三振[A3]
3スタルヒン 1936〜1955貯金127 303勝176敗防御率2.09 勝率.633586登板 4175回1/3 1960奪三振[A4]
4山田久志 1969〜1988貯金118 284勝166敗防御率3.18 勝率.631654登板 3865回 2058奪三振[A5]
5藤本英雄 1942〜1955貯金113 200勝87敗防御率1.90 勝率.697367登板 2628回1/3 1177奪三振[A6]
6金田正一 1950〜1969貯金102 400勝298敗防御率2.34 勝率.573944登板 5526回2/3 4490奪三振[A7]
7野口二郎 1939〜1952貯金98 237勝139敗防御率1.96 勝率.630517登板 3447回1/3 1395奪三振[A8]
8若林忠志 1936〜1953貯金93 237勝144敗防御率1.99 勝率.622528登板 3557回1/3 1000奪三振[A9]
9杉下茂 1949〜1961貯金92 215勝123敗防御率2.23 勝率.636525登板 2841回2/3 1761奪三振[A10]
10小山正明 1953〜1973貯金88 320勝232敗防御率2.45 勝率.580856登板 4899回 3159奪三振[A11]
11斎藤雅樹 1984〜2001貯金84 180勝96敗防御率2.77 勝率.652426登板 2375回2/3 1707奪三振[A12]
12工藤公康 1982〜2010貯金82 224勝142敗防御率3.45 勝率.612635登板 3336回2/3 2859奪三振[A13]
12皆川睦雄 1954〜1971貯金82 221勝139敗防御率2.42 勝率.614759登板 3158回 1638奪三振[A14]
12中尾碩志 1939〜1957貯金82 209勝127敗防御率2.48 勝率.622516登板 3057回 1597奪三振[A15]
15杉浦忠 1958〜1970貯金81 187勝106敗防御率2.39 勝率.638577登板 2413回1/3 1756奪三振[A16]
16鈴木啓示 1966〜1985貯金79 317勝238敗防御率3.11 勝率.571703登板 4600回1/3 3061奪三振[A17]
17村山実 1959〜1972貯金75 222勝147敗防御率2.09 勝率.602509登板 3050回1/3 2271奪三振[A18]
18大友工司 1950〜1960貯金73 130勝57敗防御率2.11 勝率.695294登板 1591回2/3 948奪三振[A19]
19北別府学 1976〜1994貯金72 213勝141敗防御率3.67 勝率.602515登板 3113回 1757奪三振[A20]
20和田毅 2003〜2024貯金71 160勝89敗防御率3.18 勝率.643334登板 2099回2/3 1901奪三振[A21]

貯金=勝利−敗北。勝率は各個人ページの表示値(小数第3位まで)を使用。投球回の1/3、2/3は小数ではなくアウト数を表す。実働期間はNPB公式戦への出場期間。★はこの記事の対象選手。各行の個人年度別成績を出典として対応させた。セーブ・ホールドは記録制度の導入時期が異なるため、この比較表の指標にはしていない[A2][A3][A4][A5][A6][A7][A8][A9][A10][A11][A12][A13][A14][A15][A16][A17][A18][A19][A20][A21]。

勝利数と勝率では順位が変わる

最多勝利の金田正一は400勝298敗で貯金102。貯金では6位になる。一方、稲尾は276勝で勝利数8位だが、敗北数を137に抑えて貯金139を残した。金田は稲尾より124勝多いものの、敗北も161多いため、差し引きでは稲尾の貯金が37多くなる[A1][A2][A7]。

通算勝率の公式ランキングは2000投球回以上が対象で、1位は藤本英雄の.697。藤本は200勝87敗、貯金113でこの表では5位である。勝率の高さだけでも最多貯金にはならず、勝敗の件数も差の大きさに関わる[A6][A22]。

工藤公康、皆川睦雄、中尾碩志は、勝利数も敗北数も異なるが、差はいずれも82。この3人は同率12位となる。ランキングの基準を勝利数から貯金へ変えることで、異なる成績が同じ位置に並ぶ[A13][A14][A15]。

最初の8年で貯金142

稲尾は新人の1956年に21勝6敗、貯金15で出発した。1957年は35勝6敗で貯金29、1958年は33勝10敗で貯金23。最初の3年で89勝22敗、通算貯金67に到達している[A2]。

1961年は42勝14敗で貯金28。78登板、404回、353奪三振、防御率1.69を記録した。1957年の29と1961年の28を合わせると57で、最終的な通算貯金139の約41.0%に当たる。特に大きく勝ち越した年が累計を押し上げている[A2]。

1956年から1963年まで8年連続で20勝以上を挙げ、この8年間の合計は234勝92敗、貯金142。通算276勝の約84.8%を最初の8年で挙げた。以後6年は計42勝45敗で差が3減り、最終的に貯金139で終えた[A2]。

年度選手名年別勝敗・貯金通算勝敗・貯金投球成績
1956稲尾和久21勝6敗 年別貯金+1521勝6敗 累計貯金15防御率1.06 61登板/262回1/3 182奪三振
1957稲尾和久35勝6敗 年別貯金+2956勝12敗 累計貯金44防御率1.37 68登板/373回2/3 288奪三振
1958稲尾和久33勝10敗 年別貯金+2389勝22敗 累計貯金67防御率1.42 72登板/373回 334奪三振
1959稲尾和久30勝15敗 年別貯金+15119勝37敗 累計貯金82防御率1.65 75登板/402回1/3 321奪三振
1960稲尾和久20勝7敗 年別貯金+13139勝44敗 累計貯金95防御率2.59 39登板/243回 179奪三振
1961稲尾和久42勝14敗 年別貯金+28181勝58敗 累計貯金123防御率1.69 78登板/404回 353奪三振
1962稲尾和久25勝18敗 年別貯金+7206勝76敗 累計貯金130防御率2.30 57登板/320回2/3 228奪三振
1963稲尾和久28勝16敗 年別貯金+12234勝92敗 累計貯金142防御率2.54 74登板/386回 226奪三振
1964稲尾和久0勝2敗 年別貯金-2234勝94敗 累計貯金140防御率10.64 6登板/11回1/3 2奪三振
1965稲尾和久13勝6敗 年別貯金+7247勝100敗 累計貯金147防御率2.38 38登板/216回 101奪三振
1966稲尾和久11勝10敗 年別貯金+1258勝110敗 累計貯金148防御率1.79 54登板/185回2/3 134奪三振
1967稲尾和久8勝9敗 年別貯金-1266勝119敗 累計貯金147防御率2.65 46登板/129回 87奪三振
1968稲尾和久9勝11敗 年別貯金-2275勝130敗 累計貯金145防御率2.77 56登板/195回 93奪三振
1969稲尾和久1勝7敗 年別貯金-6276勝137敗 累計貯金139防御率2.78 32登板/97回 46奪三振

年別貯金はその年の勝利−敗北、累計貯金は当年までの通算勝利−通算敗北。年別の差と累計を混同しない。全14年の勝利合計276、敗北合計137、年別貯金の合計139で通算と一致する[A2]。

現役途中の最大値とは違う

シーズン終了時の累計では1966年の148が稲尾自身の最多で、最終通算の139より9多い。これは年末の累計だけを比較した値であり、試合ごとに増減した現役途中の最大値を確認したものではない。他の全投手についても途中の最高値を競う記事ではない[A2]。

鉄腕を支えた成績と投球の特徴

稲尾は右投右打で、別府緑ヶ丘高から西鉄へ入った。野球殿堂博物館は、頭脳的な投球と巧みなスライダーを特徴として紹介している。新人年の防御率1.06をはじめ、最優秀防御率を5回、最多勝を4回獲得した[A2][A23]。

通算756登板に対して179完投という数字からは、先発で投げ切った試合だけで通算勝利を積んだわけではないことも分かる。ただし、勝利は打線の援護や継投、敗北は失点のタイミングなどにも左右される。貯金だけを用いて投手個人の能力や時代を越えた優劣がすべて決まるとはいえない。防御率、投球回、奪三振を併記したのは、勝敗の差を投球成績と一緒に読むためである[A2]。

日本シリーズの活躍は別の記録

野球殿堂博物館は、1956年から3年続いた対巨人の日本シリーズでの連投も、稲尾を代表する活躍として紹介している。ただし、日本シリーズの勝敗はレギュラーシーズン通算に含まれず、この記事の貯金139に足していない[A23]。

集計範囲と確認日

対象はNPB一軍レギュラーシーズンの通算投手成績。戦前の1リーグ時代と交流戦を含み、MLB・その他海外リーグ、二軍、オープン戦、オールスター、日本シリーズ、CSは含めない。現役投手も対象とし、資料確認日は2026年10月10日。通算勝利ランキングの基準表示は2026年度シーズン終了現在[A1]。

貯金ランキングはNPBの公式表の名称ではなく、公式の勝利・敗北から独自に算出した並びである。候補確認には公式100勝達成者一覧と二次資料の勝利TOP300も利用した。二次資料には日米通算や古い選手の欠落・一部期間のみの数値があるため、掲載成績には用いず、各選手のNPB個人年度別成績を採用した[A24][B1]。

何がすごいのか

  • 通算勝利数では歴代8位だが、敗北との差では歴代1位。勝ち星の数だけでは見えない順位である[A1]。
  • 新人年から8年連続で20勝以上。最初の8シーズンだけで貯金142を積み上げた[A2]。
  • 3599回を投げて防御率1.98、通算勝率.668。長い投球量と高い勝ち越し割合を両立した[A2]。

出典