NPBシーズン四球ランキングTOP20

1年間で最も多く四球を選んだのは誰なのか。歴代の四球記録を、打席数、敬遠の割合、同年のライバルと比べてみる。

概要

NPB一軍公式戦「四球【シーズン記録】」の歴代20位以内、2025年度シーズン終了時点。19位タイが118四球で2シーズンあるため、対象は全20シーズン。同じ選手の別年度は別の記録として集計し、MLBやポストシーズンは含めない。故意四球は四球に含める。

四球は安打と違って打数に含まれないが、打者が出塁する重要な機会である。2025年のリーグ最多四球はセ・リーグ74、パ・リーグ62だった。歴代記録を見れば、四球を多く積み上げた打者と、少ない試合数で高頻度に選んだ打者の違いも見えてくる。公式順位に加え、100試合換算、打席あたりの四球、故意四球、同年2位との開きを確認する[1][2][3]。

詳細

NPBシーズン四球ランキングTOP20

NPB公式の2025年度終了時点のシーズン四球ランキングは、1974年の王貞治158四球が1位。2位142、3位138も王貞治で、20位以内に相当する20記録のうち13件を王が占める。19位に118四球が2シーズン並び、今回は同順位を省略せず全20件を掲載する[1]。

順位選手名球団年度四球試合100試合換算
1王貞治巨人1974158130121.5
2王貞治巨人1966142129110.1
3王貞治巨人1965138135102.2
4王貞治巨人196713013397.7
4丸佳浩広島2018130125104.0
6金本知憲広島200112814091.4
7王貞治巨人197712613096.9
8王貞治巨人1976125122102.5
9王貞治巨人197312413095.4
10王貞治巨人196312314087.9
10王貞治巨人197512312896.1
12王貞治巨人196812113192.4
12王貞治巨人197112113093.1
12タイロン・ウッズ中日200712113987.1
15ペタジーニヤクルト200112013887.0
15松井秀喜巨人200112014085.7
17王貞治巨人196411914085.0
17王貞治巨人197011912992.2
19ジョーンズ楽天201411813885.5
19村上宗隆ヤクルト202211814183.7

順位・四球・年度・当時の球団名・試合数はNPB公式一覧による。100試合換算=四球÷出場試合×100(小数第1位)は記事独自計算で、出場した試合当たりの密度を示す補助値。打席数や相手の投球内容、敬遠はこの表の換算には含めていない。故意四球は四球に含まれる[1]。

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158四球は近年の最多水準と比べてどれほど多いか

◇2025年の両リーグ最多との比較

2025年セ・リーグの最多四球は阪神・大山悠輔の74、パ・リーグはソフトバンク・柳町達の62。1974年の158四球との差はそれぞれ84、96四球で、倍率は約2.14倍、約2.55倍になる。ただし年間試合数と打順・打席機会が異なるため、各選手の選球眼や相手投手の意図をこの倍率だけで比較できるわけではない[1][2][3]。

比較対象四球歴代最多との差備考
歴代1位158—王貞治・1974年
2025 セ最多7484大山悠輔
2025 パ最多6296柳町達

◇TOP20平均と首位の差

公式TOP20に相当する20シーズンの四球数を単純平均すると126.2四球。歴代1位の158四球は上位記録の平均を31.8四球上回る。ただし、これは年間110四球超が当たり前の歴代上位だけの平均で、NPB全打者や一般的なレギュラー選手の平均ではない[1]。

試合数と打席数で四球の密度を比べる

◇100試合換算でも王貞治の1974年が抜きんでる

1974年の王貞治は130試合158四球で、100試合換算約121.5。2位の1966年の142四球は129試合で約110.1。近年では2018年の丸佳浩が125試合130四球で100試合あたり104.0と高い。この3シーズンは試合数が似ていても、四球の蓄積ペースに差がある[1]。

頻度順選手・年度四球試合100試合換算
1王貞治(1974)158130121.5
2王貞治(1966)142129110.1
3丸佳浩(2018)130125104.0
4王貞治(1976)125122102.5
5王貞治(1965)138135102.2
6王貞治(1967)13013397.7
7王貞治(1977)12613096.9
8王貞治(1975)12312896.1

100試合換算の順位は記事独自の分析で、NPB歴代ランキングそのものの順位ではない。打席に立つ回数が多い打順の選手などは四球数を積み上げやすく、打者の選球眼を直接測る指標ではない[1]。

◇打席に占める四球の割合ではどうか

試合数ではなく打席数で割ると、1974年の王は553打席158四球=約28.6%。2018年の丸は566打席130四球=約23.0%、2022年の村上宗隆は612打席118四球=約19.3%だった。打席に占める割合を見ると、1974年の王が単に多く試合へ出場しただけの記録ではないことも分かる[4][5][6]。

選手・年度四球打席四球/100打席出塁率
王貞治(1974)15855328.6—
丸佳浩(2018)13056623.0.468
金本知憲(2001)12861520.8.463
ペタジーニ(2001)12059220.3.466
松井秀喜(2001)12061119.6.463
村上宗隆(2022)11861219.3.458
ジョーンズ(2014)11858120.3.394

四球/100打席=四球÷打席×100(小数第1位)。四球は故意四球を含む。出塁率には安打や死球も関係し、四球の割合とは別の指標。掲載の出塁率はNPB公式の個人年度別成績・個人打撃成績による。1974年の王の出塁率は公式のシーズン出塁率として扱い、四球数のみから算出した数値ではない[4][5][6][7][8][9]。

1974年の王貞治はなぜ歴代最多になったのか

◇158四球の年に三冠王を獲得

王は1974年、130試合に出場して385打数128安打、打率.332、49本塁打、107打点を記録し、打撃三冠王を獲得した。553打席のうち158四球で出塁しているため、同年の「打数」が385にとどまったことも数字に表れている。158四球をすべて選球眼の成果と説明するのではなく、長打力や相手との勝負の形も合わせて読む必要がある[4][10]。

◇故意四球だけで45回

同年の王は、NPB公式のシーズン故意四球記録でも歴代1位の45件。158四球のうち約28.5%が故意四球で、故意四球以外は113となる。相手が勝負を避ける行為も四球記録を押し上げていた。なお、故意四球が多いからといって、それ以外のすべての四球を純粋な選球眼の結果と断定することもできない[11][1]。

◇最多四球でも巨人は10連覇ならず

1974年のセ・リーグは中日が優勝し、巨人はわずかな勝率差で2位。王は三冠王に加えてリーグMVPを獲得したが、チームはリーグ制覇を逃した。個人の突出した打撃成績と、シーズン全体のチームの結果が一致しない例としても興味深い[10]。

近年の四球上位はどんな選手か

◇丸佳浩は四球と三振が同数

2018年の丸佳浩は125試合で130四球、打率.306、39本塁打、出塁率.468。しかも三振数も130で、四球と三振が完全に同数だった。セ・リーグの同年四球2位は山田哲人の106で、丸は24四球差をつけている。四球の多さを「三振しない打者」と短絡的に結び付けられない例だ[5][12]。

◇村上宗隆は118四球のうち25故意四球

2022年の村上は141試合で118四球を選び、同年56本塁打・134打点・打率.318で三冠王を獲得した。故意四球は25件で四球全体の約21.2%にあたる。リーグ四球2位の丸佳浩80との差は38四球だった。王の1974年とは試合制度も時代背景も違うが、強打者への警戒が数字に表れた例といえる[6][13][14]。

◇ジョーンズは打率.221でも118四球

2014年の楽天・ジョーンズは138試合・581打席で118四球、打率.221、出塁率.394だった。24本塁打を放った一方で140三振もあり、同年のパ・リーグ四球2位・栗山巧(96四球)に22差を付けた。打率だけでは出塁への貢献が把握しきれない例だ[8][15]。

◇ウッズは35本塁打と121四球

2007年の中日・タイロン・ウッズは139試合で121四球を記録し、35本塁打・102打点、153三振という成績を残した。同年のセ・リーグ四球2位はガイエル88四球で、33四球差。大きな長打力があり、同時に三振も多い打者が四球上位へ入ることもある[16][17]。

同じ2001年のセ・リーグに上位3記録

◇金本知憲・ペタジーニ・松井秀喜が並ぶ

2001年は金本知憲128四球(歴代6位)、ペタジーニと松井秀喜がそれぞれ120四球(同15位)だった。金本は25本塁打・打率.314、ペタジーニは39本塁打・127打点、松井は36本塁打・打率.333で首位打者を獲得。それぞれ攻撃面での役割は異なったが、3人とも同じ年に公式の歴代TOP20へ入った[1][7][9][18]。

◇2001年ヤクルトの日本一とペタジーニのMVP

ペタジーニは2001年に本塁打王・打点王を獲得し、ヤクルトのセ・リーグ優勝と日本一にも貢献してMVPに選ばれた。一方、広島の金本は128四球で同年のリーグ最多四球を記録。四球数が多いシーズンの背景は、打者の活躍やチーム成績によってそれぞれ異なる[18][21][22]。

敬遠・出塁率・打数との関係

◇故意四球と普通の四球は別集計もある

NPBには「四球」とは別に「故意四球」という統計があり、故意四球は四球の内数である。歴代最多四球の1974年王は158のうち45件が故意四球。対照的に2018年の丸は130四球のうち故意四球8件、2022年の村上は118四球のうち25件だった。三者の四球に占める敬遠の割合は大きく異なる[1][11][12][13]。

選手・年度四球故意四球故意四球以外割合
王貞治(1974)1584511328.5%
丸佳浩(2018)13081226.2%
村上宗隆(2022)118259321.2%

故意四球以外=四球−故意四球。割合=故意四球÷四球×100(小数第1位)。故意四球の数はNPBシーズン歴代記録と年度別リーダーズを参照。2018年と2022年では申告敬遠も制度上可能だが、記録上は故意四球として集計する。各数値は投球回・打順・相手バッテリーを補正していない[11][12][13]。

◇四球が多いほど必ず出塁率1位になるわけではない

出塁率には安打や死球、犠飛なども関係する。2018年の丸は.468でリーグ出塁率1位、2022年の村上は.458で同年リーグトップだった。一方、2014年のジョーンズは.394で、打率.221とは大きく違う見え方を示した。四球の多さは出塁率を高める一因だが、四球数だけで出塁率を算出することはできない[5][6][8][19]。

◇シーズン最多と通算最多は同じ選手

NPB公式の通算四球最多も王貞治の2390四球で、2位の落合博満1475四球に915の差をつけている。1年だけの偶然でなく、130四球以上を複数回記録し、長期間の出場を積み上げたことが通算記録にもつながった。ただし今回のランキングはあくまで「1シーズン単位の最多四球」であり、通算順位と混同しない[1][20]。

このランキングで分かること

四球数は「ボール球を見送る能力」を考える手掛かりになるが、その数だけで打者の技術や勝負のされ方を決め付けることはできない。王の突出した158四球には大量の故意四球が含まれ、丸は四球と三振が同数、ジョーンズは低い打率と高い出塁率を併せ持った。四球を試合数と打席数で割り、故意四球や同年2位との差も確認すると、同じ記録上位でも全く違うシーズン像が見えてくる。

◇集計条件と注意

NPB「四球【シーズン記録】」の2025年度シーズン終了現在の上位20記録を対象にし、同順位は全件掲載。記録はNPB一軍公式戦のシーズン四球数で、故意四球も含む。100試合換算・四球/100打席・公式TOP20平均・故意四球の割合は記事独自計算であり、NPBの公式順位には反映しない。時代による試合数・打席機会の差や、対戦相手の選択を統計補正していない。確認日:2026年10月9日[1]。

何がすごいのか

  • 歴代最多は1974年の158四球。2025年の両リーグ最多(セ74・パ62)より84と96多い。
  • 20記録のうち13記録が王貞治。100試合換算でも1974年は約121.5と際立つ。
  • 故意四球の割合は1974年の王28.5%、2018年の丸6.2%、2022年の村上21.2%と異なる。

出典