NPBシーズン故意四球ランキングTOP20

1シーズンで最も多く敬遠された打者は誰なのか。歴代の故意四球を、四球全体との割合や試合数、時代によるルールの違いから比べてみる。

概要

NPB一軍公式戦「故意四球【シーズン記録】」の2025年度シーズン終了時点の公式ランキング。18位タイの24故意四球が4シーズンあるため、20位以内に相当する21記録を掲載する。試合数はランキング公式値、補助比較はNPB公式の別資料を用いる。

故意四球は相手チームが打者との勝負を避けて一塁を与えた記録で、四球全体の中に含まれる。2025年の最多故意四球はセ・リーグ10、パ・リーグ6。歴代上位を本数だけでなく、出場試合数や四球全体に占める割合でも比較する。ただし2018年には申告敬遠が導入され、故意四球の記録の付き方にも変化が生じたため、その影響を分けて考える必要がある[1][2][3][14]。

詳細

NPBシーズン故意四球ランキングTOP20

NPB公式のシーズン故意四球ランキングでは1974年の王貞治が45件で歴代1位。2位41件、3位38件も王の記録である。18位の24件が4シーズンで同順位となるため、TOP20相当の一覧には21シーズンが並ぶ。[1]。

順位選手名球団年度故意四球試合100試合換算
1王貞治巨人19744513034.6
2王貞治巨人19664112931.8
3王貞治巨人19733813029.2
4野村克也南海19683713327.8
5長嶋茂雄巨人19613513026.9
6川上哲治巨人19553412028.3
7長嶋茂雄巨人19603212625.4
8王貞治巨人19673013322.6
9王貞治巨人19652913521.5
9カブレラ西武20022912822.7
11田淵幸一阪神19742812921.7
12土井正博近鉄19682713120.6
12王貞治巨人19752712821.1
12王貞治巨人19762712222.1
15落合博満ロッテ19852613020.0
16田淵幸一阪神19752513019.2
16村上宗隆ヤクルト20222514117.7
18王貞治巨人19702412918.6
18田淵幸一阪神19732411920.2
18門田博光南海19872412619.0
18山倉和博巨人19872412818.8

順位・選手・球団・年度・故意四球・出場試合はNPB公式記録。100試合換算=故意四球÷出場試合×100(小数第1位に四捨五入)は記事独自の補助指標。複数年度の同一選手は別々の記録として数え、18位タイの4件を省略していない[1]。

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歴代最高は近年の水準と比べてどれほど多いか

◇2025年最多とは最大で7.5倍の開き

2025年のセ・リーグ最多故意四球は中日の岡林勇希が10件、パ・リーグは西武のネビンと日本ハムの万波中正が各6件だった。1974年の45件はセ最多の4.5倍、パ最多の7.5倍にあたる。もっとも、年度ごとの打線・試合数・申告敬遠の制度などが違うため、これは記録水準の参考比較であり、打者の実力差ではない[1][2][3]。

比較対象選手(球団)故意四球試合最多との差
歴代1位・1974王貞治(巨人)45130—
2025年・セ最多岡林勇希(中日)1014335件
2025年・パ最多ネビン(西武)6—39件
2025年・パ最多万波中正(日本ハム)6—39件

2025年の各選手の故意四球数とリーグ内順位はNPB公式リーダーズ。上表の「—」はこの表で比較用の試合数を掲げていないという意味。1974年と2025年のリーグ記録を直接比較し、平均値とは呼ばない[1][2][3]。

◇歴代上位21シーズンの平均と比べても多い

NPB公式の歴代18位タイまでの21記録を単純平均すると約30.0故意四球。1位の45件は、その平均を約15.0件上回る。ただしこの平均は24件以上を記録した上位21シーズンだけを対象にしたもので、NPB全選手や全シーズンの「普通の平均」ではない[1]。

四球全体のうち、どれくらいが敬遠だったか

◇1974年の王貞治は158四球のうち45件

1974年の王貞治は、シーズン歴代最多の158四球も記録した。そのうち45件が故意四球で、故意四球の割合は約28.5%。故意四球以外の四球は113件となる。この年は打率.332、49本塁打、107打点で三冠王も獲得しており、敬遠を含めた四球数の多さと打撃成績が並ぶシーズンだった[1][4][5][6]。

◇割合で見ると、川上哲治や長嶋茂雄も目立つ

1955年の川上哲治は69四球のうち34件が故意四球で約49.3%。1961年の長嶋茂雄は88四球中35件で約39.8%、1960年は70四球中32件で約45.7%だった。総故意四球の歴代順位では王貞治が最上位でも、四球の中で故意四球が占める割合では、ほかの選手のシーズンが上回ることもある[1][7][8]。

選手・年度故意四球四球(合計)割合故意四球以外
王貞治・19744515828.5%113
王貞治・19664114228.9%101
王貞治・19733812430.6%86
川上哲治・1955346949.3%35
長嶋茂雄・1961358839.8%53
長嶋茂雄・1960327045.7%38
村上宗隆・20222511821.2%93

割合=故意四球÷四球(合計)×100。四球(合計)には故意四球が含まれる。故意四球以外=四球−故意四球。小数第1位表示。王の1974年・1966年・1973年の四球数、川上・長嶋の年度別成績、村上の2022年の数字は各NPB公式記録による[1][5][7][8][9][10]。

試合数で割ると、故意四球の頻度はどう変わるか

◇1974年の王貞治は100試合換算約34.6件

1974年の王貞治は130試合45故意四球で、100試合に直すと約34.6件。1955年の川上哲治は120試合34故意四球で約28.3件。2022年の村上宗隆は141試合25故意四球で約17.7件となる。試合数で割るとシーズンの出場機会をある程度揃えられる一方、打順や打席数、勝負を避ける状況が同じとは限らない[1]。

頻度順選手名年度故意四球試合100試合換算
1王貞治19744513034.6
2王貞治19664112931.8
3王貞治19733813029.2
4川上哲治19553412028.3
5野村克也19683713327.8
6長嶋茂雄19613513026.9
7長嶋茂雄19603212625.4
8カブレラ20022912822.7

こちらの頻度順は記事独自の補助比較であり、公式の歴代シーズン故意四球順位ではない。小数第1位で並ぶ数値が同じでも、内部計算では丸め前の値を比較している[1]。

同じ年度のライバルと比べた突出度

◇2022年の村上宗隆は同リーグ2位に16件差

2022年セ・リーグで村上宗隆は25故意四球。2位の宮﨑敏郎は9故意四球で、その差は16件だった。村上は56本塁打、134打点、打率.318で三冠王を獲得した年でもある。故意四球が歴代16位タイに入る一方、同年リーグ内でどれほど際立っていたかを数字で確かめられる[9][11]。

◇2025年はセ最多10、パ最多6

2025年セ・リーグでは岡林勇希が10件で1位、佐藤輝明が9件で2位だった。パ・リーグではネビンと万波中正の6件が同率1位。首位が同じリーグ2位に大差をつける年もあれば、接戦や複数の首位が生まれる年もある。故意四球は相手の選択による記録であり、単純に打者の能力の序列ではない[2][3]。

年度・リーグ1位2位差
2022年 セ村上宗隆 25宮﨑敏郎 916件
2025年 セ岡林勇希 10佐藤輝明 91件
2025年 パネビン/万波中正 6近藤健介/レイエス 51件

故意四球は各年度のNPB公式リーダーズ。2025年パ・リーグの1位・2位はともに同順位がある。差は同一リーグの最多−次点の記録[2][3][9]。

故意四球の多い選手は長距離打者だけではない

◇三冠王と敬遠は同じ年に並ぶことがある

王貞治の1974年、落合博満の1985年、村上宗隆の2022年は、いずれも三冠王を獲得した年が故意四球の歴代上位に含まれる。1985年の落合は打率.367、52本塁打、146打点で26故意四球。2022年の村上は56本塁打と25故意四球を残した。強打者との対戦を避ける選択があったことは分かるが、個々の場面の理由まではシーズン合計だけでは断定できない[1][6][11][12]。

◇2002年のカブレラは55本塁打と29故意四球

2002年の西武・カブレラは128試合で55本塁打、115打点、打率.336を記録し、故意四球は歴代9位タイの29件だった。同年のリーグ本塁打王でもあり、打撃成績と故意四球を並べると強打者としての存在感が分かる。ただし「故意四球が多かった理由」を本塁打数だけに帰することはできない[1][13]。

◇1955年の川上哲治は12本塁打で34故意四球

1955年の川上哲治は、打率.338・12本塁打・79打点で、故意四球34件が歴代6位。長嶋茂雄も1961年に打率.353・28本塁打・35故意四球を記録した。故意四球は本塁打の多さだけで決まるわけではなく、出塁能力や打席状況、次打者・走者などを踏まえた選択となる。ただし個々の打席の意図は本記事で集計していない[1][7][8]。

◇1987年はリーグをまたいで24故意四球が並ぶ

1987年は南海の門田博光と巨人の山倉和博がともに24故意四球を記録して、歴代18位タイに並んでいる。山倉は同年セ・リーグ最優秀選手にも選ばれた。王貞治・田淵幸一のような長期の強打者だけでなく、捕手が入っているのもランキングの意外な点だ[1][16]。

2018年の申告敬遠導入で記録の意味は変わったか

◇投球しなくても故意四球が付くようになった

2018年から公認野球規則に「申告故意四球」が加わり、守備側監督が球審に意思を示せば投手が4球投げずに打者を一塁へ進められるようになった。従来どおりに投球して故意四球とする選択肢も残る。NPB公式記録員は、従来は捕手が立たずに外へ外した球など、意図があっても故意四球として数えられない場面があった点を説明している[14][15]。

◇NPB全体の故意四球は導入前後で90件から285件に

NPBの公式記録員による資料では、2017年のセ・パ合計の故意四球は90件、申告制が始まった2018年は285件となり、約3.17倍に増えた。これは各球団の敬遠の選択や記録計上の範囲が変わった結果を含むので、昔の打者と現代の打者の故意四球数を同じ制度のもとでの数値として比べることはできない[15][17]。

2018年には申告以外で故意四球になったケースが公式資料で1件紹介されており、申告制でも「故意四球=すべて申告」とは限らない。記録の数字だけでは、当時の対戦状況や申告したかどうかの内訳までは分からない[17]。

同じ選手が何度もTOP20に入る

◇王貞治の8シーズン、田淵幸一の3シーズン

歴代18位タイまでの21記録では、王貞治が8シーズン、田淵幸一が3シーズン、長嶋茂雄が2シーズン登場する。王は1965~1976年の複数年度に記録を残し、田淵は1973~1975年の3シーズンが入っている。「TOP20」は20人の名簿ではなく、シーズン単位の記録を集めた一覧である[1]。

◇通算記録では王貞治が427故意四球

NPB公式の通算故意四球では王が427件で1位、2位張本勲228件との差は199件。シーズン記録に繰り返し登場することが、長期間の通算記録の突出にもつながっている。ただし通算順位と単年最多の順位は別の集計条件である[18][1]。

このランキングで分かること

シーズン故意四球は打者が選んだ四球のすべてではなく、守備側が意図して勝負を避けた記録である。総数では王貞治が抜きんでる一方、四球全体に占める割合は川上哲治や長嶋茂雄が上回る場合があり、同年リーグの2位との差では2022年の村上宗隆が際立つ。さらに2018年の申告敬遠導入により時代間の記録条件が変わったため、単純な本数だけで野球の変化を判断しないことが重要になる。

◇集計条件と注意

順位・故意四球・年度・試合・当時の球団表記はNPB「故意四球【シーズン記録】」の2025年度シーズン終了時点を採用した。18位タイ(24故意四球)4シーズンを含む全21記録を掲載し、23件目以降を推測で加えていない。100試合換算、割合、上位平均などは記事独自の計算で、順位の決定には使用しない。出典の四球は故意四球を含む。2018年の申告敬遠導入前後で記録条件が変化した点に注意。確認日:2026年10月9日[1][14][15][17]。

何がすごいのか

  • 歴代1位は45故意四球(1974年)。2025年リーグ最多の10件・6件と比べて4.5倍・7.5倍。
  • 四球に占める故意四球の割合は、1974年の王で約28.5%、1955年の川上で約49.3%。総数と割合は別の評価軸。
  • 2018年の申告敬遠導入でNPB全体の故意四球記録が90件から285件へ増加。時代間比較は制度変更を踏まえる必要がある。

出典