記録の歴史
NPBシーズン与四球ランキングTOP20
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1シーズンで投手が最も多く四球を与えた記録は、どこまで極端なのか。歴代の投球回・奪三振・勝敗を比べると、数字の背景が見えてくる。
概要
NPB一軍公式戦のシーズン与四球記録。NPB公式「与四球【シーズン記録】」(2025年度終了時点)は170与四球以上の19件を掲載する。20位は同公式サイトの石丸進一・1942年個人年度別成績(169与四球)と専門記録一覧を照合して補完した。投球回はNPB公式、BB/9は本記事で計算。MLB・二軍・ポストシーズン除外。
与四球は投手が打者に四球を与えた回数。投球回が多いほど四球を出す機会も増えるが、同じ投球回でも頻度は違う。歴代の与四球数をそのまま並べるだけでなく、9投球回あたりの与四球(BB/9)、同年リーグの次点、当時の勝敗や奪三振、2025年の数字を比較する。単なる与四球数だけで投手の良し悪しや失点数を判断しない。[1][2][3]。
詳細
NPBシーズン与四球ランキングTOP20
NPB公式「与四球【シーズン記録】」では1939年の亀田忠が280与四球で歴代1位。翌1940年の亀田も273与四球で2位に入る。公式一覧の掲載基準が170与四球以上のため19位までしか載っていないが、20位は1942年の石丸進一の169与四球と、NPB個人年度別成績・専門記録資料の両方から補った。同順位は13位の181与四球が2件で、全20記録を掲載する[1][2][3]。
順位・与四球・投球回・年度はNPB公式に基づく。ただし20位の169与四球のみNPB個人年度別成績と専門記録の全体一覧で補完。BB/9=与四球÷投球回×9(小数第2位表示)。投球回の「.1」は1/3回、「.2」は2/3回として計算した。「中尾輝三」は歴代シーズン一覧に載る当時の表記で、後年は「中尾碩志」として知られる[1][2][3][11]。
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◇2025年の両リーグ最多と並べる
2025年の与四球最多はセ・リーグで横浜DeNAのジャクソンが55、パ・リーグでは千葉ロッテの小島和哉が54。1939年の亀田の280は、2025年セ最多の約5.09倍、パ最多の約5.19倍である。ただし、試合数や投球回が大きく異なる年度間の比較であり、投手の制球能力をそのまま比べる数字ではない[1][4][5]。
2025年セ最多はジャクソン、パ最多は小島和哉。BB/9はNPB個人投手成績に基づく投球回と与四球から計算した。年度間の時代補正はなく、チーム環境や投球役割の違いも考慮していない[4][5][6][7]。
◇同じ年の次点との差も大きい
1939年の与四球は亀田280が最多で、同年2位は菊矢吉男の209。差は71四球あった。1940年も亀田273が最多で、清水秀雄217との差は56四球。年間合計の大きさに加え、同じ年の投手の中でも極端に多かったことが分かる[1][3][8][9]。
同年2位の数字はNPB公式シーズン一覧と年度別資料、専門記録一覧から照合した。「同年リーグ2位」は現代のセ・パ別比較とは異なり、当時は1リーグ制だった[1][3][8][9]。
投球回で補正するとどんな違いが見えるか
◇歴代最多の2シーズンでもBB/9は異なる
亀田は1939年に371投球回で280与四球、BB/9は約6.79。翌1940年は456回2/3で273与四球、BB/9は約5.38だった。与四球は7つしか違わないが、投球回は85回2/3増えている。投球量でそろえると、1939年の方が四球を与える頻度が高い[1][10]。
◇高橋輝は200投球回で178与四球
1950年の高橋輝は200投球回で178与四球。歴代順位は16位だが、BB/9は8.01。シーズン最多の亀田の1939年よりも高い頻度で四球を与えていた。NPB公式の年度別成績では高橋は52登板、10勝15敗、防御率5.76となっている[1][12]。
このBB/9順位は本記事の歴代与四球数TOP20に含まれる20記録のみを並べ直したもの。NPB全投手のシーズンBB/9ランキングではない。四球を出した打者数・球数・投球役割・球種・球場・年代差は補正していない[1][2][3]。
◇長く投げた投手は与四球数も増える
1946年の真田重蔵は464回2/3を投げて205与四球でBB/9約3.97。一方、1950年の高橋輝は200回で178与四球、BB/9が8.01。通算では真田が多くても、同じ9回投げたと仮定した頻度は高橋の方が約2倍になる。累計の大きさと制球の頻度指標は異なる[1][12][13]。
亀田忠は2年連続で歴代1・2位に入った
◇1939年は280四球と27敗を記録
亀田は1939年、55登板・371回で280四球を与え、14勝27敗、防御率3.08、208奪三振だった。30完投も記録している。与四球だけでなく、登板数、完投数、投球回、敗戦のすべてに当時の起用法が反映されている。同年の所属はイーグルス[1][10]。
◇1940年は273四球ながら26勝・297奪三振
翌1940年、チームは黒鷲と改称。亀田は56登板・456回2/3で273与四球を出しながら26勝23敗、防御率1.77、297奪三振を記録した。43完投・10完封も残しており、大量の四球と大きな勝ち星・奪三振数が同じシーズンに同居している。NPBの年度別成績では297奪三振がリーグ最多とされる[8][10]。
◇2年間の与四球数は合計553
亀田の1939年と1940年を合計すると553与四球、投球回は827回2/3に達する。ただし、2シーズン合計は記事独自の加算値であり、1シーズン記録や通算ランキングの順位とは別である。亀田の通算与四球は898で、当該2年間の553はその約61.6%を占めた[10][14]。
与四球上位でも勝利や防御率はさまざま
◇中尾輝三は1940年に212与四球で26勝
1940年の巨人・中尾輝三は347回で212与四球ながら26勝11敗、防御率1.76、225奪三振を記録した。1941年にも299回で181与四球、防御率1.54と、四球の多い年に優れた防御率を残している。与四球を失点や防御率へ単純に置き換えることはできない[1][11]。
◇1946年の真田重蔵は25勝しながら205与四球
真田重蔵の1946年は63登板・464回2/3で205与四球、25勝26敗。43完投・被安打422も記録した。被安打422はNPBシーズン記録の最多であり、与四球・被安打・勝敗の組み合わせがきわめて極端な一年だった。大量の失点・自責点もあるが、単純に四球だけを原因と断定はできない[1][13][15]。
◇金田正一も2シーズンがTOP20入り
金田正一は1951年190与四球・350回で歴代12位、1952年197与四球・358回で10位に入る。1952年は24勝25敗・269奪三振。通算では与四球1808でNPB歴代最多となる一方、4490奪三振・400勝も記録した。投球回を重ねていった歴代級の大投手でも、単年与四球数が多いケースがある[1][14][16]。
記録が1939~1946年に集中する背景
◇20記録のうち16件が1946年以前
TOP20の年度を集計すると、1939年5件・1940年5件・1941年2件・1942年1件・1943年1件・1946年2件で合計16件。残り4件は1950年2件、1951年1件、1952年1件で、1953年以降の記録は入らない。年間の登板・完投・投球回が多い時代の数字が極端に大きくなったと考えられるが、各要因の寄与を順位表だけから確定することはできない[1][2][3]。
◇1リーグ制と戦後の2リーグ制が混在
1939~1946年は1リーグ時代で、1950年以降はセ・パ2リーグ制。リーグの参加球団数、試合数、起用法、投球環境も異なる。単年与四球だけで「今より昔の投手は制球が悪かった」と結論づけず、投球回で割ったBB/9も見ることで誤解を減らせる[1][8][9]。
◇投手の四球と打者の四球は表裏の記録
与四球は投手側、四球は打者側に記録されるもので、野球の用語として区別される。四球1つがそのまま1失点を表すわけではなく、打席で走者が増えても後続打者を抑えれば無失点の場合もある。投手の評価には被安打・奪三振・四球・自責点などを併せて確認する必要がある[1][13]。
NPBの公式掲載範囲と20位の確認方法
◇公式の歴代一覧には19記録しか載らない
NPB公式の「与四球【シーズン記録】」は「170与四球以上」という掲載条件で、長谷川良平の1950年170与四球までが19位。したがって一覧をそのまま転記して「TOP20」とすることはできない[1]。
◇20位を個人年度別成績で補った
石丸進一は1942年の名古屋で56登板・347回2/3を投げて169与四球。NPB公式個人年度別成績で確認でき、専門記録の全期間ランキングでも20位として掲載されている。次点は藤本英雄の1943年168与四球。20位の同数記録は確認した全期間ランキングにはない[2][3]。
このランキングで分かること
シーズン与四球数の歴代最多は、頻度の高さだけでなく非常に長い投球回の積み重ねとも結びついている。亀田忠は2年連続で1・2位となり、後者では26勝や297奪三振を記録した。1950年の高橋輝は累計16位でも投球回あたりの与四球頻度がとくに高い。被安打・投球回・防御率とともに比べると「多く与えた」記録の背景は一様ではない。
◇集計条件と注意点
NPB一軍公式戦の2025年度シーズン終了時点。1~19位はNPB公式の「170与四球以上」、20位の169与四球はNPB石丸進一の個人年度別成績および専門記録全体一覧で補完した。投球回末尾.1=.333…回、.2=.666…回としてBB/9を計算。2025年両リーグの数字は参考比較であり歴代順位には含めず、当時の球場・守備・投球役割・時代差は統計補正していない。資料確認:2026年10月10日[1][2][3]。