詳細
| 順位 | チーム | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | ゲーム差 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 巨人 | 66 | 60 | 4 | .524 | — |
| 2 | 阪神 | 64 | 59 | 7 | .520 | 0.5 |
| 3 | 中日 | 64 | 61 | 5 | .512 | 1.5 |
| 4 | ヤクルト | 62 | 65 | 3 | .488 | 4.5 |
| 5 | 大洋 | 60 | 64 | 6 | .484 | 5.0 |
| 6 | 広島 | 60 | 67 | 3 | .472 | 6.5 |
この年のセ・リーグは、全チームが130試合を戦った。巨人は66勝60敗4分で優勝し、勝ち越し数を表す「貯金」は6。一方の広島も60勝67敗3分で、負け越しは7にとどまっている。優勝と最下位という両極端の順位なのに、勝ち星だけを比べれば、その差は6勝。シーズンを終えてなお、どのチームも遠くには離れていなかった。[1]
ゲーム差は、勝利数の差だけでは決まらない。「上位チームの勝利数-下位チームの勝利数」に「下位チームの敗北数-上位チームの敗北数」を足し、2で割って求める。巨人と広島なら、(66-60+67-60)÷2=6.5。引き分け数が違うため、勝ち星の差とゲーム差は一致しない。貯金6と借金7、その開き13を半分にした数字と考えてもよい。[1から計算]
巨人を追った阪神は0.5ゲーム差、中日は1.5ゲーム差。ここだけなら「優勝争いが接戦だった年」と聞こえる。しかし、この年は4位のヤクルトも4.5ゲーム差、5位の大洋も5ゲーム差で、そのすぐ後ろに広島がいた。首位と2位の差ではなく、リーグ全体がどれほど小さな幅に収まったか。それが、この記録のおもしろさだ。[1]
優勝チームと通算勝率首位は、同じとは限らない。1975年のパ・リーグは前後期制。リーグ優勝の阪急は64勝59敗7分、最下位の日本ハムは55勝63敗12分で、通算勝敗から計算すると6.5ゲーム差になる。ただし、通算勝率トップは近鉄で、日本ハムとの差は14.5ゲーム。「リーグ全体の混戦」では1973年セ・リーグが最小であり、「優勝チームと最下位」で比べると1975年パ・リーグも同差となる。後者の6.5はNPBの表の掲載値ではなく計算値。[6]
集計の範囲は、2025年までの終了済みシーズン。1937~1949年の14期(1945年は開催なし、1937・1938年は春秋別)と、1950~2025年の両リーグ152季、計166件のNPBチーム勝敗表を照合し、優勝チームと最下位の通算勝敗を通常のゲーム差式で比較した。前後期制の片方だけの成績や、プレーオフ・日本シリーズの勝敗は算入していない。1936年は大会別の方式で通算順位表と直接比較できないため対象外。2026年はシーズン進行中のため含めていない。[4]