優勝と最下位が最も僅差だったシーズン

優勝チームと最下位チーム。その明暗は大きく分かれるが、100試合以上の長いシーズンを戦った結果、驚くほど差が開かなかった年がある。

一般的には?

長いペナントレースでは、優勝と最下位の間に大きな差がつくことがある。直近の完了シーズンでは、セ・リーグで26.5ゲーム、パ・リーグで31.5ゲーム。これは歴代平均ではなく比較の一例だが、過去には、はるかに小さな差で終わったシーズンがある。[2・3]

2025年セ・リーグ首位と最下位の差
26.5ゲーム

答え

優勝と最下位のゲーム差6.5ゲーム

最小は6.5ゲーム差で、1973年セ・リーグの巨人と広島が該当し、リーグ優勝チームとの比較では1975年パ・リーグの阪急と日本ハムも同じ差になる。[1・6]

年
1973年 1975年
チーム
読売ジャイアンツ/広島東洋カープ(1973年) 阪急ブレーブス/日本ハム・ファイターズ(1975年)
カテゴリ
シーズン・順位

普通と比べると

2025年セ・リーグ首位と最下位の差
26.5ゲーム
最も僅差だったシーズン
6.5ゲーム

比較例より20ゲーム小さい

比較例は2025年セ・リーグの最終成績。歴代平均ではない。比較例は各143試合、記録の年は各130試合で、試合数による補正はしていない。[1・2]

詳細

1973年セ・リーグ最終順位[1]
順位チーム勝敗分勝率ゲーム差
1巨人66604.524—
2阪神64597.5200.5
3中日64615.5121.5
4ヤクルト62653.4884.5
5大洋60646.4845.0
6広島60673.4726.5

この年のセ・リーグは、全チームが130試合を戦った。巨人は66勝60敗4分で優勝し、勝ち越し数を表す「貯金」は6。一方の広島も60勝67敗3分で、負け越しは7にとどまっている。優勝と最下位という両極端の順位なのに、勝ち星だけを比べれば、その差は6勝。シーズンを終えてなお、どのチームも遠くには離れていなかった。[1]

ゲーム差は、勝利数の差だけでは決まらない。「上位チームの勝利数-下位チームの勝利数」に「下位チームの敗北数-上位チームの敗北数」を足し、2で割って求める。巨人と広島なら、(66-60+67-60)÷2=6.5。引き分け数が違うため、勝ち星の差とゲーム差は一致しない。貯金6と借金7、その開き13を半分にした数字と考えてもよい。[1から計算]

巨人を追った阪神は0.5ゲーム差、中日は1.5ゲーム差。ここだけなら「優勝争いが接戦だった年」と聞こえる。しかし、この年は4位のヤクルトも4.5ゲーム差、5位の大洋も5ゲーム差で、そのすぐ後ろに広島がいた。首位と2位の差ではなく、リーグ全体がどれほど小さな幅に収まったか。それが、この記録のおもしろさだ。[1]

優勝チームと通算勝率首位は、同じとは限らない。1975年のパ・リーグは前後期制。リーグ優勝の阪急は64勝59敗7分、最下位の日本ハムは55勝63敗12分で、通算勝敗から計算すると6.5ゲーム差になる。ただし、通算勝率トップは近鉄で、日本ハムとの差は14.5ゲーム。「リーグ全体の混戦」では1973年セ・リーグが最小であり、「優勝チームと最下位」で比べると1975年パ・リーグも同差となる。後者の6.5はNPBの表の掲載値ではなく計算値。[6]

集計の範囲は、2025年までの終了済みシーズン。1937~1949年の14期(1945年は開催なし、1937・1938年は春秋別)と、1950~2025年の両リーグ152季、計166件のNPBチーム勝敗表を照合し、優勝チームと最下位の通算勝敗を通常のゲーム差式で比較した。前後期制の片方だけの成績や、プレーオフ・日本シリーズの勝敗は算入していない。1936年は大会別の方式で通算順位表と直接比較できないため対象外。2026年はシーズン進行中のため含めていない。[4]

何がすごいのか

  • 全チームが130試合を終えても、首位から最下位まで6.5ゲーム差。[1]
  • 優勝チームの貯金は6、最下位チームの借金は7。[1]
  • 全6球団の勝利数が60~66勝に収まった。[1]

出典