詳細
同じ勝利数なのに優勝できない
南海は勝利数でリーグ最多タイだった。西鉄に対する直接対決も11勝10敗1分と勝ち越し、全7球団との対戦で勝ち越している。それでも優勝を逃したのは、最終順位が勝利数だけでは決まらなかったからだ[1][3]。
| 順位 | 球団 | 試合 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 勝率 | 差 | 打率 | 防御率 | 得点 | 失点 | 本塁打 | 盗塁 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 西鉄 | 154 | 96 | 51 | 7 | .646 | — | .254 | 1.87 | 611 | 372 | 95 | 165 |
| 2 | 南海 | 154 | 96 | 52 | 6 | .643 | 0.5 | .250 | 2.23 | 612 | 457 | 68 | 238 |
| 3 | 阪急 | 154 | 88 | 64 | 2 | .578 | 10.5 | .238 | 2.38 | 581 | 459 | 43 | 277 |
| 4 | 毎日 | 154 | 84 | 66 | 4 | .558 | 13.5 | .234 | 2.40 | 530 | 477 | 95 | 78 |
| 5 | 近鉄 | 154 | 68 | 82 | 4 | .455 | 29.5 | .226 | 3.17 | 495 | 583 | 48 | 177 |
| 6 | 東映 | 154 | 58 | 92 | 4 | .390 | 39.5 | .216 | 2.86 | 411 | 558 | 41 | 122 |
| 7 | 大映 | 154 | 57 | 94 | 3 | .380 | 41.0 | .227 | 2.89 | 433 | 559 | 46 | 124 |
| 8 | 高橋 | 154 | 52 | 98 | 4 | .351 | 45.5 | .214 | 3.26 | 403 | 611 | 50 | 145 |
球団名は当時の略称。西鉄ライオンズ、南海ホークス、阪急ブレーブス、毎日オリオンズ、近鉄パールス、東映フライヤーズ、大映スターズ、高橋ユニオンズ。打率と防御率はNPB公式の表示桁に合わせた。勝率は当時の方式。差は首位からのゲーム差。★南海を注目行に指定する[1]。
◇当時の勝率計算
1956年は引き分けを0.5勝・0.5敗として扱い、勝率=(勝利数+引き分け数×0.5)÷試合数で順位を決めた。現在一般的な、引き分けを分母から除く計算を当てはめると、公式順位表の勝率を再現できない[1][3]。
| 順位 | 球団 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 当時の計算 | 計算値 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 西鉄 | 96 | 51 | 7 | (96+7×0.5)÷154 | 0.646104… |
| 2 | 南海 | 96 | 52 | 6 | (96+6×0.5)÷154 | 0.642857… |
西鉄は南海より1敗少なく、1引き分け多かった。勝率の差は0.5÷154=約0.003247。ゲーム差は{(96−96)+(52−51)}÷2=0.5。直接対決の成績で順位を入れ替える場面ではない[1][3]。
◇全カード勝ち越しでも優勝できない
南海の対西鉄成績は11勝10敗1分。阪急・毎日にも勝ち越し、下位4球団にも全て勝ち越した。西鉄は阪急に9勝12敗1分と負け越していたが、他の対戦を合わせた最終勝率では南海を上回った[3]。
| 球団 | 西鉄 | 南海 | 阪急 | 毎日 | 近鉄 | 東映 | 大映 | 高橋 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 西鉄 | — | 10勝11敗1分 | 9勝12敗1分 | 13勝8敗1分 | 15勝5敗2分 | 18勝3敗1分 | 15勝7敗 | 16勝5敗1分 |
| 南海 | 11勝10敗1分 | — | 13勝8敗1分 | 11勝9敗2分 | 17勝5敗 | 16勝5敗1分 | 14勝8敗 | 14勝7敗1分 |
| 阪急 | 12勝9敗1分 | 8勝13敗1分 | — | 14勝8敗 | 11勝11敗 | 10勝12敗 | 17勝5敗 | 16勝6敗 |
| 毎日 | 8勝13敗1分 | 9勝11敗2分 | 8勝14敗 | — | 11勝11敗 | 18勝4敗 | 15勝6敗1分 | 15勝7敗 |
| 近鉄 | 5勝15敗2分 | 5勝17敗 | 11勝11敗 | 11勝11敗 | — | 10勝10敗2分 | 15勝7敗 | 11勝11敗 |
| 東映 | 3勝18敗1分 | 5勝16敗1分 | 12勝10敗 | 4勝18敗 | 10勝10敗2分 | — | 11勝11敗 | 13勝9敗 |
| 大映 | 7勝15敗 | 8勝14敗 | 5勝17敗 | 6勝15敗1分 | 7勝15敗 | 11勝11敗 | — | 13勝7敗2分 |
| 高橋 | 5勝16敗1分 | 7勝14敗1分 | 6勝16敗 | 7勝15敗 | 11勝11敗 | 9勝13敗 | 7勝13敗2分 | — |
各マスは左端の球団から見た勝敗。引き分け0は省略。各カード22試合。全8球団の横方向の合計を、NPB公式の最終勝敗と照合した[1][3]。
| 順位 | 球団 | 上位同士の対戦 | 下位4球団との対戦 | 合計 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 西鉄 | 32勝31敗3分 | 64勝20敗4分 | 96勝51敗7分 |
| 2 | 南海 | 35勝27敗4分 | 61勝25敗2分 | 96勝52敗6分 |
上位は最終順位1~4位の西鉄・南海・阪急・毎日。上位同士の対戦は自球団以外の上位3球団との66試合。下位は近鉄・東映・大映・高橋との88試合。対戦表を合算した[3]。
南海は上位同士の対戦で西鉄より3勝多く、下位4球団との対戦では西鉄より3勝少なかった。合計勝利数は同じになったが、西鉄は下位との対戦で敗戦を5つ少なく抑えた。南海の強さが足りなかったというより、別のカードで稼いだ白星と敗戦・引き分けの配分まで含めて、最後に差がついたと整理できる[3]。
◇月別成績でたどる優勝争い
序盤は毎日と南海が先頭を争い、西鉄と阪急も加わって、球宴の頃には4球団による競争となった。後半に南海が先行したが、西鉄が終盤に追い上げた。最終的には西鉄と南海が96勝、阪急88勝、毎日84勝と上位4球団に勝ち星が集中し、5位以下は全て負け越した[1][3]。
| 期間 | 南海 勝 | 南海 敗 | 南海 分 | 西鉄 勝 | 西鉄 敗 | 西鉄 分 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 3月 | 3 | 3 | 0 | 5 | 2 | 0 |
| 4月 | 16 | 5 | 1 | 11 | 8 | 2 |
| 5月 | 11 | 6 | 0 | 14 | 7 | 1 |
| 6月 | 14 | 7 | 0 | 14 | 4 | 0 |
| 7月 | 17 | 11 | 0 | 12 | 13 | 1 |
| 8月 | 17 | 6 | 2 | 16 | 6 | 2 |
| 9月 | 15 | 12 | 3 | 19 | 8 | 1 |
| 10月 | 3 | 2 | 0 | 5 | 3 | 0 |
各月の試合結果を集計。月の境目で消化試合数が違うため、月別勝利数の差をそのままゲーム差に置き換えない[4][5]。
開幕から夏まで
南海は4月に16勝5敗1分と大きく勝ち越した。西鉄は6月に14勝4敗と追い上げ、7月は12勝13敗1分と足踏みしたが、8月は16勝6敗2分。南海も8月17勝6敗2分と強さを保ち、終盤まで競り合いが続いた[4][5]。
◇9月の追い上げと直接対決
9月の南海は15勝12敗3分、西鉄は19勝8敗1分だった。西鉄は9月15日から23日まで9連勝し、その最後の3勝を南海から挙げた。9月22日は4対3、23日のダブルヘッダーは7対1、11対1。24日は2対2の引き分けの後、南海が6対4で勝った。この5試合では西鉄が3勝1敗1分と優位に立った[4][5]。
◇最後は消化試合数の差も絡む
南海は10月4日の毎日戦に3対1で勝ち、96勝52敗6分で全日程を終えた。西鉄は10月6日の阪急戦に7対1で勝って96勝目を挙げ、最終戦で負けても南海を上回る勝率が確定した。翌7日の阪急戦は0対5で敗れたが、最終成績は96勝51敗7分となり、同じ96勝で優勝した[4][5]。
何が優勝を分けたのか
西鉄の強みは失点の少なさだった。南海は612得点でリーグ最多、西鉄は611得点で、その差はわずか1点。一方、失点は西鉄372、南海457で85点の差があり、防御率も西鉄1.87、南海2.23だった。両軍とも強かったが、シーズン成績からは西鉄の投手力が大きな武器だったと読み取れる。これは成績に基づく評価で、85失点の差だけで優勝の原因を説明できるという意味ではない[1]。
西鉄は稲尾和久が21勝・防御率1.06、島原幸雄が25勝・1.35、西村貞朗が21勝・1.71。南海を追う側に、好成績の投手が複数いた。西武の球団史も、新人の稲尾と、前年2勝から25勝へ伸びた島原の活躍を優勝争いの重要な要素として紹介している[1][6]。
勝ち星が多いことと優勝することは別
南海の96勝は、勝利数そのものでは歴代の優勝チームの多くを上回る。ただし、この年のパ・リーグは8球団による22回戦制で、全チーム154試合を戦った。時代ごとに試合数が違うため、勝利数だけを別の年へ持ち込んで「必ず優勝できた」とは言えない[1][3]。
近い例では1954年の南海も91勝を挙げながら、90勝の西鉄に及ばず2位だった。この年の勝率は西鉄.643、南海.642。1956年とは引き分けの計算条件が異なるため、同じ式では説明しない。なお、前年1955年の南海は99勝で優勝しており、96勝で優勝を逃したのは、その翌年の出来事だった[7][8]。
対象はNPB一軍公式戦の1シーズンの勝利数とリーグ優勝の有無。日本シリーズで日本一を逃したチームや、CS敗退チームという意味ではない。ポストシーズンの勝利は加算しない。1リーグ時代の優勝を含む歴代勝利数の資料とNPB年度別成績を照合した。2015年の歴代上位資料に加え、2015~2026年の両リーグ年度別成績を確認し、非優勝チームによる96勝超の更新がないことを確認した。資料確認日:2026年10月13日[2][9]。
対戦成績と月別成績は専門記録サイトの再集計を使用し、各球団の合計勝敗・引き分けをNPB公式の最終成績と照合した。シーズンの流れの記述は、この試合結果と球団史から確認できる範囲に限定する[1][3][4][5][6]。