最年長で最優秀防御率を獲得した投手は?

規定投球回を投げ、自責点を抑えて争う最優秀防御率。長い現役生活の末に、最も高齢でこのタイトルを獲得したのは誰だろうか。

一般的には?

最優秀防御率は、規定投球回に達した投手のうち、リーグで最も防御率が低かった投手に与えられる。防御率は自責点×9÷投球回で算出し、勝利数とは区別する。年齢は受賞年の12月31日時点の満年齢で統一する[3][13][14]。

答え

最年長の最優秀防御率投手の選手名と年齢(年末満年齢)大野豊 42歳

答えは大野豊の42歳。1997年、広島東洋カープで135回3分の2を投げ、防御率2.85でセ・リーグの最優秀防御率を獲得した。1955年8月30日生まれで、開幕時は41歳だったが、シーズン途中に42歳となった。1988年以来9年ぶり2度目の受賞である[1][2][3][7]。

年
1997年
選手
大野豊
チーム
広島東洋カープ
カテゴリ
投手

詳細

◇9勝でも防御率はリーグ1位

1997年の大野は23試合すべてに先発し、9勝6敗、135回3分の2で自責点43、防御率2.85を記録した。最多勝(18勝)と最多奪三振(159個)は中日の山本昌だったが、最優秀防御率は大野が獲得した[2][3][6]。

シーズン成績
登板勝利敗北セーブ勝率完投完封勝無四球対打者投球回
23960.600210570135 2/3
被安打被本塁打与四球与死球奪三振暴投ボーク失点自責点防御率
1217470803058432.85

1997年セ・リーグの3位以内。防御率は規定投球回到達者、勝利と奪三振は規定投球回未到達者も対象。勝利の数値は勝、奪三振の数値は個[3][4][5]。

◇防御率2位とは0.07差

防御率2位は山本昌の2.92、3位は田畑一也の2.96。大野の2.85と山本昌の差は表示値で0.07だった。大野は9勝、最多勝の山本昌は18勝。勝利数では9勝差があったが、防御率では大野がリーグ1位となった[3]。

大野の防御率は43(自責点)×9÷(135+2÷3)=2.85258…で、表示は2.85となる。総失点58のうち自責点は43。残る15点を防御率の分子に加えてはいけない[2]。

◇チーム防御率最下位の年のタイトル

広島は66勝69敗で3位、チーム防御率4.44はリーグ最下位だった。一方、23試合すべてに先発した大野の防御率は2.85。チームと大野の防御率の差は1.59である[3][6]。

順位球団試合勝利敗北引分勝率防御率
1ヤクルト13783522.6153.26
2横浜13572630.5333.70
3広島13566690.4894.44
4巨人13563720.4673.69
5阪神13662731.4593.70
6中日13659761.4374.33

1997年セ・リーグ最終成績。防御率はこの表では小数第2位に統一し、NPBが順位判定用に第3位まで示す阪神3.698と横浜3.703はいずれも3.70とした[3]。

◇春の完封と秋の5回無失点

4月30日の中日戦で、大野は41歳にして3安打完封勝利。10月8日の最終登板では5回1安打無失点で規定投球回に到達した。春の完封と秋の好投が、42歳での最優秀防御率につながった[8][10]。

◇4月30日は41歳で3安打完封

4月30日、ナゴヤドームでの中日対広島4回戦。大野は9回を32打者、3安打、7奪三振、2四球、無失点に抑え、広島が6対0で勝利した。大野は開幕3勝0敗、この時点の防御率は1.20。41歳で挙げた、この年唯一の完封勝利だった[2][8]。

チーム123456789RHE
広島001002210690
中日000000000032
大野の投球成績
投球回対打者被安打奪三振与四球失点自責点
93237200

1997年4月30日。スコアボードと投手成績は試合記録の再集計による。シーズン1完封と一致することをNPB個人年度別成績でも確認した[2][8]。

◇規定投球回を超えたのは最後の登板

10月1日の阪神戦は6回3自責点で敗れ、9勝6敗。この時点で130回3分の2、自責点43、防御率は2.96だったが、規定の135回に4回3分の1不足していた。10月8日の横浜戦で5回1安打無失点とし、最終135回3分の2で規定をクリア。防御率は2.85へ改善した[2][6][9][10]。

時点通算投球回通算自責点防御率規定135回との差
10月1日の登板後130 2/3432.964 1/3回不足
10月8日の登板後135 2/3432.852/3回超過

10月1日の投球回は、最終135回3分の2から10月8日の5回を引いて算出。両時点とも自責点43。防御率は自責点×9÷投球回で再計算した。10月1日の2.96は規定投球回到達前の参考値であり、同日時点のタイトル順位を示さない[2][9][10]。

10月8日は大野が2対0とリードして降板した後に広島が逆転され、2対4で敗戦。大野に勝敗は付かなかったが、この5回無失点で防御率は表示上0.11下がり、規定投球回も満たした[10]。

◇打線の援護も振り返った本人

大野は後年、タイトルを争った相手投手から広島打線が点を取ったことにも触れ、受賞をチームの協力によるものと振り返っている。本人の回想として紹介し、特定の試合だけを受賞の原因とはしない[12]。

◇翌年は最年長の開幕投手に

翌1998年、大野は42歳7カ月で史上最年長の開幕投手を務めた。この年は13登板、3勝2敗で引退。最優秀防御率を獲得したのは、広島一筋22年間の現役生活の最終盤だった[2][7][11]。

受賞前後の成績
年年齢登板勝利敗北セーブ投球回奪三振防御率
199439歳42421848 2/3382.40
199540歳22754102 2/3663.07
199641歳19540119723.93
199742歳23960135 2/3802.85
199843歳1332043 1/3242.91

すべて広島でのNPB一軍公式戦成績。年齢は各年12月31日時点の満年齢[2]。

◇1998年は42歳7カ月で開幕投手

1998年4月3日の中日戦で、大野は42歳7カ月の史上最年長開幕投手として先発した。シーズン成績は13登板、3勝2敗、43回3分の1、防御率2.91。左腕の血行障害の影響もあり、この年限りで引退した[2][11]。

最後の登板は1998年9月27日の横浜戦。通算707登板、148勝100敗、138セーブ、1733奪三振、防御率2.90で22年間の現役生活を終え、2013年に野球殿堂入りした[2][7][12]。

◇先発と救援で獲得したタイトル

大野は1977年、軟式野球の出雲信用組合からドラフト外で広島に入団。初年度は3分の1回で自責点5、防御率135.00だったが、その後は先発でも救援でもタイトルを獲得した[2][7]。

年年齢タイトルなど勝利セーブ投球回防御率
198833歳最優秀防御率 沢村賞1301851.70
199136歳最優秀救援投手62646 1/31.17
199742歳最優秀防御率90135 2/32.85

1991年の最優秀救援投手は当時の制度によるタイトルで、最多セーブの名称へ置き換えない。同年は6救援勝と26セーブで32セーブポイントを記録した[2][7]。

1988年は防御率1.70、13勝で初めて最優秀防御率となり、沢村賞も受賞した。1991年には救援で最優秀救援投手、1995年から再び先発に復帰。本人の回想によれば、その際はノーワインドアップへ投球フォームも変えた。1997年の再受賞は先発復帰3年目だった[2][7][12]。

集計範囲と年齢の扱い

対象はNPB一軍公式戦のシーズン最優秀防御率。1リーグ時代とセ・パ両リーグを含み、二軍、オープン戦、ポストシーズン、MLBは除外する。42歳が史上最年長であることは野球殿堂博物館の資料で確認した[1]。

年齢は受賞年の12月31日時点の満年齢。大野は1955年8月30日生まれなので、1997年末は42歳。4月30日の完封勝利時は41歳だった[2]。

投球回は3分の1回単位で計算し、失点と自責点を区別する。1997年の広島の規定投球回は135回。防御率順位はNPB公式、最多勝・最多奪三振の順位は記録専門サイトと照合した[2][3][4][5][6]。

2026年の最優秀防御率は、セ・リーグが村上頌樹(1.85)、パ・リーグが平良海馬(1.36)。両選手とも年末42歳未満で、大野の最年長記録は更新されていない。2025年もNPB公式成績で確認した[13][14][15]。資料確認日:2026年10月21日。

何がすごいのか

  • 42歳で135回3分の2を投げ、自責点43・防御率2.85で最優秀防御率を獲得した[1][2][3]。
  • 最終登板の5回無失点で規定投球回に到達。防御率も2.96から2.85へ改善した[2][10]。
  • 広島のチーム防御率はリーグ最下位の4.44で、大野自身の2.85とは1.59の差があった[3]。

出典