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ミヤーンは球団初の首位打者に
1979年のミヤーンは98試合に出場し、打率.346で大洋球団初の首位打者となった。前年の.287から打率を上げ、川上哲治と長嶋茂雄の35歳シーズンを上回る年長記録を作った。来日2年目のタイトル獲得だった[1][2][14]。
| 選手名 | 受賞年 | 球団 | 生年月日 | 年末満年齢 | 打率 |
|---|---|---|---|---|---|
| ミヤーン | 1979 | 大洋 | 1943年8月21日 | 36歳 | .346 |
| クロマティ | 1989 | 巨人 | 1953年9月29日 | 36歳 | .378 |
| リック | 2008 | 楽天 | 1972年12月6日 | 36歳 | .332 |
年齢は受賞年の12月31日時点の満年齢。3人はいずれも36歳になる年に首位打者となったが、獲得日の実年齢まで同じではない。12月6日生まれのリックは、シーズン中は35歳だった[1][2][3][4][20]。
| 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 塁打 | 打点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 98 | 407 | 364 | 61 | 126 | 23 | 2 | 6 | 171 | 41 |
| 盗塁 | 盗塁刺 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 長打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2 | 2 | 14 | 2 | 24 | 3 | 20 | 6 | .346 | .470 |
NPB公式のミヤーンの出塁率欄は空欄のため、他資料の再計算値を混ぜずに未掲載とした。その他はNPB公式の一軍成績による[2]。
◇規定打席までの余裕は4打席
1979年の大洋は130試合制で、規定打席は130×3.1=403打席。ミヤーンは出場98試合ながら407打席に立ち、規定を4打席上回った。打率は126安打÷364打数=.346153…であり、407打席を分母にはしない[2][5][15]。
ミヤーンは6本塁打、20三振。バットを短く持ち、寝かせて構えるフォームで安打を重ねた。三振は全407打席の約4.9%(20÷407)にとどまる。大洋は59勝54敗17分でリーグ2位だった[2][5][14]。
◇5月には4安打4打点の大勝も
1979年5月9日の阪神戦(横浜スタジアム)では、ミヤーンが2番・二塁で5打数4安打、4打点、1四球。2号本塁打も放ち、大洋は25安打で21対0の大勝を収めた[18]。
| 順位 | 選手名 | 球団 | 成績 |
|---|---|---|---|
| 1 | 高橋慶彦 | 広島 | 55盗塁 |
| 2 | 河埜和正 | 巨人 | 21盗塁 |
| 3 | 真弓明信 | 阪神 | 20盗塁 |
1979年セ・リーグ。各部門の3位以内を掲載し、同順位は全員を載せる。打率は規定打席到達者、本塁打・打点・盗塁は規定打席未到達者も対象[8]。
| 年 | 球団 | 試合 | 打席 | 打数 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1978 | 横浜大洋 | 120 | 485 | 443 | 127 | 2 | 31 | .287 |
| 1979 | 横浜大洋 | 98 | 407 | 364 | 126 | 6 | 41 | .346 |
| 1980 | 横浜大洋 | 107 | 365 | 332 | 95 | 4 | 20 | .286 |
NPB一軍公式戦成績。受賞年を含む前後の推移[2]。
翌1980年は107試合に出場し、打率.286、4本塁打、20打点。打席数365で規定には届かず、この年限りでNPBを離れた。NPB通算3年間の成績は325試合、348安打、打率.306、52三振だった[2]。
クロマティは規定打席到達時に4割を維持
1989年のクロマティは124試合で166安打、打率.378を記録し、首位打者とリーグMVPを獲得した。前年の出場は49試合だったが、この年は巨人のリーグ優勝(84勝44敗2分)にも貢献した[3][6]。
| 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 塁打 | 打点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 124 | 501 | 439 | 70 | 166 | 33 | 1 | 15 | 246 | 72 |
| 盗塁 | 盗塁刺 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 長打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 7 | 3 | 0 | 3 | 49 | 10 | 44 | 11 | .378 | .560 |
出塁率は.449[3]。
◇規定打席に届いた時点では4割だった
NPB公式記録員によると、1989年8月20日終了時のクロマティは404打席、349打数140安打、打率.401。規定の403打席を満たした時点でも4割を維持していた。8月24日のヤクルト戦第3打席まで4割を保ったが、シーズン終了時は打率.378だった[15]。
規定打席に到達しても、打率はその後の成績で変わる。クロマティは規定到達時に4割を記録したまま出場を続け、最終的に打率.378の首位打者となった[3][15]。
| 順位 | 選手名 | 球団 | 成績 |
|---|---|---|---|
| 1 | 正田耕三 | 広島 | 34盗塁 |
| 2 | 高木豊 | 大洋 | 32盗塁 |
| 2 | 笘篠賢治 | ヤクルト | 32盗塁 |
1989年セ・リーグ。各部門の3位以内を掲載し、同順位は全員を載せる。打点3位はフィルダーとポンセの2人、盗塁2位は高木豊と笘篠賢治の2人。打率は規定打席到達者、本塁打・打点・盗塁は規定打席未到達者も対象[9]。
| 年 | 球団 | 試合 | 打席 | 打数 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1988 | 読売 | 49 | 201 | 186 | 62 | 10 | 36 | .333 |
| 1989 | 読売 | 124 | 501 | 439 | 166 | 15 | 72 | .378 |
| 1990 | 読売 | 117 | 495 | 450 | 132 | 14 | 55 | .293 |
NPB一軍公式戦成績。受賞年を含む前後の推移[3]。
翌1990年は117試合に出場し、132安打、14本塁打、55打点、打率.293。NPB在籍は1984~1990年の7シーズンで、通算951安打、171本塁打、打率.321を残した[3]。
◇リックは僅差の打率争いを制した
2008年のリックは491打数163安打、打率.332で首位打者となった。2位の中島裕之(西武)は486打数161安打、打率.331。丸める前の値はリックが.331975…、中島が.331275…で、差は約.000700だった。打数が異なるため、単純に安打数の差だけでは比較できない[4][10]。
| 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 塁打 | 打点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 134 | 525 | 491 | 62 | 163 | 31 | 2 | 12 | 234 | 71 |
| 盗塁 | 盗塁刺 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 長打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 4 | 1 | 1 | 5 | 25 | 3 | 51 | 11 | .332 | .477 |
出塁率は.365[4]。
◇楽天で続いた3割がタイトルにつながった
リックは2003年にロッテで打率.303を記録し、2006年から楽天でプレーした。楽天では2006年.314、2007年.330、2008年.332と3年連続で3割を超え、2008年に初の首位打者。外野手部門のベストナインにも選出された[4][19]。
◇9月2日は二塁打2本を含む3安打
2008年9月2日のオリックス戦で、リックは3番・左翼で4打数3安打を記録。打席結果は「空振、右中二、右安、右中二」で、二塁打が2本あった。楽天は3対10で敗れたが、リックの試合終了時点の打率は.342だった[17][29]。
| 順位 | 選手名 | 球団 | 成績 |
|---|---|---|---|
| 1 | 片岡易之 | 西武 | 50盗塁 |
| 2 | 渡辺直人 | 楽天 | 34盗塁 |
| 3 | 本多雄一 | ソフトバンク | 29盗塁 |
本塁打の根拠は[11]、打点は[12]、盗塁は[13]。打率は[10]。
◇初のオールスターとベストナインも
楽天の球団公式資料では、リックは2008年に日本で4シーズン目を迎え、初めてオールスターに出場。首位打者とベストナインも獲得した。日本での初年度は2003年のロッテであり、楽天では3シーズン目だった[4][16]。
| 年 | 球団 | 試合 | 打席 | 打数 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003 | 千葉ロッテ | 127 | 519 | 472 | 143 | 12 | 58 | .303 |
| 2006 | 東北楽天 | 109 | 431 | 401 | 126 | 4 | 34 | .314 |
| 2007 | 東北楽天 | 115 | 458 | 418 | 138 | 4 | 53 | .330 |
| 2008 | 東北楽天 | 134 | 525 | 491 | 163 | 12 | 71 | .332 |
| 2009 | 東北楽天 | 61 | 201 | 184 | 47 | 3 | 13 | .255 |
NPB一軍公式戦成績。受賞年を含む前後の推移[4]。
2009年は61試合、184打数47安打、打率.255、3本塁打、13打点。2008年に比べて出場数は半減し、この年がNPB最後のシーズンとなった[4]。
集計範囲と年齢の扱い
対象はNPB一軍公式戦のシーズン首位打者。二軍、オープン戦、ポストシーズン、MLBなどは含めない。年齢は受賞年の12月31日時点で比較するため、シーズン終了日や表彰式当日の年齢順位とは異なる。リックが36歳になったのは、首位打者となったシーズンの終了後である[1][2][3][4]。
参考として、2023年セ・リーグの首位打者・宮﨑敏郎は同年末35歳で、この記録より1歳若い[27][28]。2024~2026年の両リーグ首位打者についてもNPBの公式表彰記録を照合し、年末満年齢36歳を上回る選手はいなかった。資料確認日:2026年10月20日[21][22][23][24][25][26]。
比較表は各受賞年の同一リーグの打率・本塁打・打点・盗塁上位3位までを示す。同順位は省略しない。1979年・1989年の打率はNPB年度別成績を優先し、ほかの上位は専門記録サイトと照合した。2008年は4部門ともNPB公式リーダーズによる[5][6][8][9][10][11][12][13]。
打率は原則小数第3位で表示し、僅差の比較には安打÷打数の丸め前の値を用いた。ミヤーンの出塁率はNPB公式の掲載欄が空欄のため省略する。三振の打席割合と規定打席との差は本文で再計算した値である[2][4]。