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門田は自己最多の125打点
1988年の門田は130試合すべてに出場し、打率.311、44本塁打、自己最多の125打点。1971年以来17年ぶり2度目の打点王となった。本塁打王、最高出塁率、指名打者のベストナインも獲得し、パ・リーグMVPに選ばれた[2][4][18]。
| 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 塁打 | 打点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 130 | 557 | 447 | 82 | 139 | 12 | 0 | 44 | 283 | 125 |
| 盗塁 | 盗塁刺 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 長打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2 | 1 | 0 | 10 | 98 | 2 | 82 | 13 | .311 | .633 |
出塁率は.429、OPSは1.062。OPSは出塁率と長打率の合計で、表の率は小数第3位までの表示。一軍公式戦成績[2]。
◇打点2位に22点差
打点2位は西武の秋山幸二で103打点、3位は同じく西武のバークレオで90打点だった。門田は2位に22点差をつけ、1971年の120打点も上回った。初の打点王は23歳になる年、2度目は40歳になる年。17年間を隔てたタイトルだった[2][6][18]。
1987年は31本塁打・69打点、1988年は44本塁打・125打点。本塁打が13本、打点が56点増え、40歳の年に自己最多打点を記録した[2]。
| 順位 | 選手名 | 球団 | 成績 |
|---|---|---|---|
| 1 | 西村徳文 | ロッテ | 55盗塁 |
| 2 | 石毛宏典 | 西武 | 22盗塁 |
| 3 | 秋山幸二 | 西武 | 20盗塁 |
1988年パ・リーグ。各部門の3位以内を掲載。打率は規定打席到達者を対象とする。本塁打の数値は本、打点の数値は打点。本塁打2位は2人で、次の順位は4位となる。[4][5][6][7]。
◇5月17日は4安打4打点
大阪球場の阪急戦で、門田は4番・指名打者として4打数4安打、2本塁打、4打点、1四球を記録。山沖之彦から7号、森浩二から8号を放ち、二塁打も打った。南海は14対10で勝利し、門田は全5打席で出塁した[8]。
| 日付 | 対戦相手 | 打数 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 四球 | 試合結果 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1988年5月17日 | 阪急 | 4 | 4 | 2 | 4 | 1 | 南海14対10 勝利 |
◇南海最後のシーズンを彩った二冠
南海は1988年に58勝71敗1分で5位。この年を最後に球団名を南海ホークスから変えることになったが、門田は全130試合に出場し、本塁打・打点の二冠とMVPを獲得した[2][4][18]。
ローズは6年ぶり3度目の打点王
2008年のローズは142試合で打率.277、40本塁打、118打点。1999年、2002年に続く3度目の打点王で、指名打者のベストナインにも選ばれた。打点2位はチームメートのカブレラで104打点。ローズは14打点上回り、6年ぶりにタイトルを獲得した[3][12][14][24]。
| 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 塁打 | 打点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 142 | 600 | 499 | 82 | 138 | 31 | 1 | 40 | 291 | 118 |
| 盗塁 | 盗塁刺 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 長打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2 | 0 | 0 | 2 | 95 | 3 | 145 | 8 | .277 | .583 |
出塁率は.394、OPSは.977。OPSは出塁率と長打率の和を小数第3位に丸めた値。NPB公式の600打席に対し、表示した打数499・四球95・死球3・犠飛2は計599で、残る1打席の内訳は同成績表には掲載されていない。600打席を599打席へ変更しない[3]。
◇本塁打が減っても打点は増えた
2007年のローズは42本塁打・96打点、2008年は40本塁打・118打点だった。本塁打は2本減ったが、打点は22点増えた。打点が本塁打数と単純には連動しないことが分かる[3]。
オリックスは75勝68敗1分、首位と2.5ゲーム差の2位。打点1位のローズ、2位のカブレラを同じ打線に擁し、2人の打点合計は222だった[9][12]。
| 順位 | 選手名 | 球団 | 成績 |
|---|---|---|---|
| 1 | 片岡易之 | 西武 | 50盗塁 |
| 2 | 渡辺直人 | 楽天 | 34盗塁 |
| 3 | 本多雄一 | ソフトバンク | 29盗塁 |
2008年パ・リーグ。各部門の3位以内を掲載。打率は規定打席到達者を対象とする。本塁打の数値は本、打点の数値は打点。[10][11][12][13]。
◇9月4日は逆転満塁本塁打
Kスタ宮城の楽天戦では、0対2で迎えた5回2死満塁から、木谷寿巳の球を左翼へ運んだ。ローズの34号満塁本塁打で4対2と逆転。7回にはカブレラの2点本塁打も加わり、オリックスが6対4で勝った。ローズはこの日3打数1安打、4打点、1四球、1三振。唯一の安打が4点につながった[15][16][17]。
| チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | H | E |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| オリックス | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 2 | 0 | 0 | 6 | 7 | 0 |
| 東北楽天 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 4 | 12 | 0 |
| 打席 | イニング | 打撃結果 | 打点 |
|---|---|---|---|
| 1 | 2回 | 三ゴ | 0 |
| 2 | 4回 | 四球 | 0 |
| 3 | 5回 | 左本④ | 4 |
| 4 | 7回 | 空振 | 0 |
打席順の結果は球団公式記録による。「空振」は空振り三振、「④」はその打席の4打点。安打である「左本④」のみ赤字で示す[16]。
◇タイトルの翌年も主軸として打った
門田は1989年に93打点、1990年も91打点。ローズは2009年に84試合で62打点を記録した。最年長タイトル獲得後も、両者は翌シーズンに60打点以上を挙げた[2][3]。
門田は翌年からも2年続けて90打点台
| 年 | 年齢 | 球団 | 試合 | 打席 | 本塁打 | 打点 | 打率 | 出塁率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1987 | 39歳 | 南海 | 126 | 458 | 31 | 69 | .317 | .428 |
| 1988 | 40歳 | 南海 | 130 | 557 | 44 | 125 | .311 | .429 |
| 1989 | 41歳 | オリックス | 116 | 489 | 33 | 93 | .305 | .417 |
| 1990 | 42歳 | オリックス | 119 | 527 | 31 | 91 | .280 | .387 |
| 1991 | 43歳 | 福岡ダイエー | 112 | 425 | 18 | 66 | .264 | .358 |
| 1992 | 44歳 | 福岡ダイエー | 65 | 179 | 7 | 23 | .258 | .341 |
年齢は各年12月31日時点の満年齢。成績はNPB一軍公式戦[2]。
門田は1989年にオリックスで打率.305、33本塁打、93打点。1990年も31本塁打、91打点だった。1991年は福岡ダイエーへ移って66打点、最後の1992年は23打点。40歳になる1988年からの5シーズンで、合計398打点を記録した[2]。
◇大けがを挟んだ2度の打点王
1971年の初タイトルと1988年の2度目の間には、アキレス腱断裂からの復帰もあった。1979年は19試合の出場にとどまったが、翌1980年には41本塁打、84打点。その後も現役を続け、40歳で打点の自己最多を更新した。殿堂入りを果たした2006年の紹介にも、このけがと復活が記されている[2][18]。
ローズは復帰2年目のタイトルだった
| 年 | 年齢 | 球団 | 試合 | 打席 | 本塁打 | 打点 | 打率 | 出塁率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | 37歳 | 読売 | 101 | 445 | 27 | 70 | .240 | .337 |
| 2007 | 39歳 | オリックス | 132 | 554 | 42 | 96 | .291 | .403 |
| 2008 | 40歳 | オリックス | 142 | 600 | 40 | 118 | .277 | .394 |
| 2009 | 41歳 | オリックス | 84 | 346 | 22 | 62 | .308 | .402 |
年齢は各年12月31日時点の満年齢。成績はNPB一軍公式戦[3]。
ローズは2005年まで巨人でプレーし、2006年はNPB公式戦に出場していない。2007年にオリックスで復帰し、2008年に3度目の打点王となった。なお、2001年は55本塁打・131打点ながら、132打点の中村紀洋に1点及ばず打点王ではなかった[3][25]。
2009年は41歳になるシーズン。規定打席には届かなかったが、84試合で打率.308、22本塁打、62打点を残した。NPBでの最後のシーズンにも、3割と20本塁打を超える数字を記録している[3]。
| 選手名 | 年 | 年齢 | 球団 | 打点 |
|---|---|---|---|---|
| 門田博光 | 1971 | 23歳 | 南海 | 120 |
| 門田博光 | 1988 | 40歳 | 南海 | 125 |
| タフィ・ローズ | 1999 | 31歳 | 近鉄 | 101 |
| タフィ・ローズ | 2002 | 34歳 | 近鉄 | 117 |
| タフィ・ローズ | 2008 | 40歳 | オリックス | 118 |
門田の2回、ローズの3回の打点王獲得年を掲載。ローズの獲得年は1999年・2002年・2008年。2001年の131打点は中村紀洋の132打点に次ぐ2位で、タイトル獲得回数には含めない。年齢は受賞年の年末満年齢[2][3][14][18][24][25]。
集計範囲と年齢の扱い
対象はNPB一軍公式戦のシーズン打点王で、1リーグ時代とセ・パ両リーグを含む。最年長記録は専門誌の記録解説と照合した。二軍、オープン戦、ポストシーズン、MLBは対象外[1]。
年齢は受賞年の12月31日時点の満年齢。門田は1948年2月26日生まれで1988−1948=40歳、ローズは1968年8月21日生まれで2008−1968=40歳。ローズは開幕時には39歳で、シーズン途中に40歳になった。誕生日まで含めたタイトル確定時の年齢を日単位で順位付けする記事ではない[2][3]。
主要4部門の表は1988年と2008年のパ・リーグ各部門3位以内を掲載し、打率のみ規定打席到達者を対象とする。OPSや年をまたぐ打点合計はNPB成績から本記事で計算。ローズの歴代打点王獲得年については1999・2001・2002・2008年の公式成績を照合した[2][3][4][9][14][24][25]。
2023年時点の記録報道を照合し、その後の2024~2026年の両リーグ打点王もNPB公式成績・表彰で確認した。資料確認日:2026年10月21日[19][20][21][22][23]。