記録の歴史
NPBシーズン本塁打ランキングTOP20
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シーズン本塁打の歴代上位には、一年で驚異的な本数を放った打者が並ぶ。同順位も含めた記録を、打数・試合数や同年のライバルと比べる。
概要
NPB一軍公式戦のシーズン本塁打。NPB公式「歴代最高記録 本塁打【シーズン記録】」を基に、歴代20位以内の順位に含まれる記録をすべて掲載する。16位が6件の同順位であるため対象は21シーズン。NPB公式一覧の基準日は2025年度シーズン終了現在で、2026年の記録は集計対象外とする。
本塁打はシーズンによって打者の記録水準が大きく変わる。直近の2025年の本塁打王はセ・リーグが40本、パ・リーグが32本だった。そこで歴代上位の本塁打数を並べ、出場試合数や打数、同年のリーグ2位との差まで確認する。単に多く打っただけでなく、どれほど突出したかを見ていく[13][14]。
詳細
◇NPBシーズン本塁打ランキングTOP20
NPB公式のシーズン本塁打ランキングを整理した。選手名と球団はNPB掲載当時の呼称に合わせた。16位は49本で6記録が並ぶため、20位以内に入る記録は21件となる。同じ選手でも年度が違えば別々に数えている[1]。
「打数/1本」は打数÷本塁打で計算し、小数第1位で四捨五入した補助指標。数値が小さいほど少ない打数で本塁打を記録したことになる。打席・四球・本塁打を打つ条件や、時代の打撃環境は補正していない。順位・本数・試合・打数はNPB公式の2025年度終了時点の記録[1]。
関連記事打撃最も少ない本塁打数で獲得した本塁打王本塁打王といえば、打線を支える強打者の勲章。では、最も少ない本数で決まったタイトルは、どれほどの数字だったのだろう。歴代最高の本塁打はどれほど異常か
◇最近の本塁打王との差
2013年にバレンティンが残した60本は、2025年セ・リーグ本塁打王の佐藤輝明40本より20本多く、同年パ・リーグ本塁打王のレイエス32本より28本多い。比較対象の2025年は別の時代であり、投手の水準・試合環境・球場などが違うため、打者個人の能力差を直接示すものではない[1][13][14]。
◇同じリーグの2位との差は年によって大違い
2013年セ・リーグはバレンティン60本に対し2位のブランコが41本で19本差。2022年セ・リーグは村上宗隆56本に対して2位岡本和真30本で26本差だった。最多本塁打の絶対数では2013年が上でも、リーグ2位との差では2022年が大きい[3][5]。
2011年パ・リーグの中村剛也は48本で歴代22位タイにとどまるが、同年2位の松田宣浩は25本で23本差。単年の本数順位だけで「その時代にどれほど突出していたか」は判断しきれない、代表的な比較例といえる[1][12]。
同一リーグ・同一年の最多本塁打と2位との差を比較。2011年の記録はシーズン歴代TOP20の対象外だが、突出度の参考例として併記した[3][5][12]。
打数と試合数で見るホームランの密度
◇同じ55本でも積み上げ方が違う
55本塁打で並ぶのは1964年の王貞治、2001年のローズ、2002年のカブレラ。試合数はそれぞれ140、140、128、打数は472、550、447だった。打数÷本塁打で見ると約8.6、10.0、8.1打数に1本となり、同じ本数でも打席の使い方はかなり異なる[1]。
上の比較では、2013年のバレンティンは約7.3打数ごとに1本。1974年の王貞治も385打数で49本と、約7.9打数に1本の高頻度だった。通算記録とは違い、1シーズンという限られた試合・打数の中で、どれだけ本塁打を集中させたかが見どころになる[1]。
何度も歴代上位に入る選手
◇王貞治はTOP20の中に6回登場
王貞治は1964年55本、1973年51本、1977年50本に加え、1968年・1974年・1976年の49本を記録し、この21記録のうち6つを占める。現役生活の中で高い本塁打数を常に記録し続けたことが分かる[1]。
◇カブレラは3シーズン、ローズと落合も複数回
カブレラは2001年49本、2002年55本、2003年50本で3年連続ランクイン。ローズは2001年55本・2003年51本、落合博満は1985年52本・1986年50本を記録した。「歴代TOP20」は選手20人ではなく、突出した21のシーズンを並べたものである[1]。
同じ年・同じチームで見る異なる風景
◇2001年の近鉄は2人で101本
2001年の大阪近鉄はローズ55本と中村紀洋46本で計101本塁打。チーム全体の本塁打は211本、得点は770で、この2人だけでチーム本塁打の約47.9%を占めた。チームはパ・リーグ優勝。一方、同年の西武・カブレラも49本で歴代16位タイに入っている[6][1]。
◇記録的な個人成績でもチーム順位は別
2013年のヤクルトはバレンティンが60本を記録しながら、57勝83敗4分でセ・リーグ最下位だった。対して2022年のヤクルトは村上宗隆の56本を含むチーム174本塁打を記録し、80勝59敗4分でリーグ優勝。個人の特大記録がチームの順位と必ずしも一致しないことも、二つのシーズンを比べると分かる[2][4]。
◇1985年は両リーグで50本以上の大記録
1985年はセ・リーグでバースが54本、パ・リーグで落合博満が52本を記録した。両選手とも打率・本塁打・打点の三冠を獲得しており、同じ年に別リーグで歴代級の長打力が見られた。打率はバース.350、落合.367だった[8][9]。
◇1950年には51本塁打と大量打点の記録
小鶴誠は1950年に松竹ロビンスで51本塁打、161打点を記録した。現在の長いシーズンだけでなく、2リーグ制が始まった時代にも50本台の記録が存在する。シーズンの試合数やリーグのチーム数、打撃環境を同じ条件とみなすことはできない[1][15]。
50本を超えるシーズンはどれだけあるか
NPB公式のシーズン本塁打一覧では、50本以上は15シーズン。そのうち55本の記録は3シーズンあり、これを超えるのが2022年の56本と2013年の60本である。49本の記録6件も含めると、歴代16位タイまでの合計は21シーズンになる[1]。
◇2022年の56本は三冠王と一緒に残った
村上宗隆は2022年に56本塁打だけでなく打率.318、134打点でリーグ3部門トップの三冠王を達成し、チームもリーグ優勝。一方、2013年のバレンティンは60本塁打・131打点・打率.330を記録したが、同年の打点王は136打点のブランコだった。記録の本数だけでなく、同時に獲得したタイトルも異なる[2][4]。
◇シーズン全体の本塁打環境に注意
2011年の中村剛也48本を、2013年のバレンティン60本と直接比較するだけでは意味が薄い。リーグのチーム本塁打や、球場・使用球・投手起用・試合数などが違うためだ。この記事では本数の公式順位を動かさず、同年2位との差や打数あたり頻度を別の比較軸として示している[2][11]。
このランキングで分かること
本塁打ランキングは「シーズンに何本打ったか」を決める記録だが、同じ本数でも130試合前後で集中した打者と、多くの打数をかけて積み上げた打者がいる。さらに同年2位との差、チームの成績、三冠王などのタイトルを重ねると、一年の記録が生まれた状況は大きく変わる。王貞治の長期にわたる複数回ランクインと、2013年・2022年の抜きんでた個人成績は、その両面を示している。
集計条件と注意
対象はNPB一軍公式戦の「本塁打【シーズン記録】」で、2025年度シーズン終了現在の公式ランキングに従った。1人の別年度の記録は別のシーズンとして数え、16位タイの6件をすべて残した(21件)。「打数/1本」は記事独自計算の補助値であり、公式の歴代順位には反映していない。2026年の途中経過は含めない。確認日:2026年10月8日[1]。