詳細
◇投球数記録の扱い
野球殿堂博物館と中日球団の年表で、両先発による28回完投と日没引き分けを確認できる。344球という数値はNHK名古屋放送局の資料と野球専門誌の回顧記事にも残り、歴代記録の整理では最多として掲載されている。一方、当日の原スコアブックや一球ごとの記録は本調査では確認できていないため、「公表資料に残る最多」として紹介する[A1][A2][A3][B1][B3]。
◇試合の記録
1942年5月24日 大洋軍対名古屋軍5回戦 後楽園球場。名古屋が先攻、大洋が後攻。延長28回、4―4の日没引き分け。試合時間は3時間47分と伝えられている。ここでいう大洋軍は、戦後の大洋ホエールズとは別の球団である[A1][B2][B3]。
◇スコアボード
| チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 名古屋 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 |
| 大洋 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 0 | 0 |
| チーム | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 名古屋 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 大洋 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| チーム | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | R | H | E |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 名古屋 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 13 | 5 |
| 大洋 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 15 | 6 |
R=得点、H=安打、E=失策。表は公表された試合記録から作成。10〜28回の19イニングは両軍とも無得点[B2]。
◇投球結果
| 投手 | 球団 | 球数 | 回 | 打者 | 被安打 | 奪三振 | 球※ | 失点 | 自責点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 野口二郎 | 大洋 | 344 | 28 | 105 | 13 | 13 | 6 | 4 | 2 |
| 西沢道夫 | 名古屋 | 311 | 28 | 103 | 15 | 6 | 6 | 4 | 3 |
両投手とも完投。引き分けなので勝利投手・敗戦投手はいない。参考として二人の合計は655球だが、今回の記録は一人の投手の投球数を比べたもの。失点は各4、自責点は野口2・西沢3で区別した[B2][B3]。
※「球」は参照資料の列名を保持したもの。四球と死球の内訳を当日の原資料で確認できていないため、別々の数値には分解していない[B2]。
おすすめ記録の歴史NPB通算完投ランキングTOP20◇両チームのオーダーと打撃結果
打順は先発時の順。途中出場者は同じ打順の直後に記す。打撃成績、盗塁、失策はこの試合の数値で、シーズン打率や累計本塁打数は混ぜない[B2]。
◇名古屋
| 打順 | 位置 | 選手名 | 打数 | 安打 | 打点 | 三振 | 球※ | 盗塁 | 失策 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | (二) | 石丸藤吉 | 12 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 |
| 2 | (遊) | 木村進一 | 11 | 2 | 0 | 2 | 1 | 0 | 3 |
| 3 | (中) | 桝嘉一 | 10 | 2 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 |
| 4 | (右) | 飯塚誠 | 11 | 1 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 |
| 5 | (捕) | 古川清蔵 | 11 | 2 | 2 | 3 | 1 | 0 | 0 |
| 6 | (左) | 吉田猪佐喜 | 11 | 2 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 |
| 7 | (一) | 野口正明 | 11 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1 |
| 8 | (投) | 西沢道夫 | 11 | 2 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 |
| 9 | (三) | 芳賀直一 | 11 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 |
◇大洋
| 打順 | 位置 | 選手名 | 打数 | 安打 | 打点 | 三振 | 球※ | 盗塁 | 失策 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | (三) | 中村信一 | 11 | 2 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 |
| 2 | (遊) | 濃人渉 | 9 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 4 |
| 3 | (右) | 浅岡三郎 | 10 | 2 | 2 | 1 | 2 | 0 | 1 |
| 4 | (投) | 野口二郎 | 12 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 5 | (一) | 野口明 | 10 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 6 | (左) | 村松長太郎 | 11 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 7 | (二) | 山川喜作 | 2 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 |
| (代打→二) | 苅田久徳 | 8 | 3 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | |
| 8 | (捕) | 佐藤武夫 | 11 | 2 | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 |
| 9 | (中) | 織辺由三 | 10 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 |
本塁打:古川清蔵1本(9回、2ラン)。二塁打:名古屋は古川清蔵・野口正明・西沢道夫・芳賀直一、大洋は浅岡三郎・佐藤武夫。三塁打は両軍ともなし。苅田久徳は7回に山川喜作の代打で出て、そのまま二塁に入った[B2][B3]。
資料中に「織部由三」とする表記もあるが、選手名はNPBの年度別成績に合わせて「織辺由三」とした[A6]。
試合のハイライト
◇逆転から土壇場の同点へ
名古屋は二回と三回に1点ずつを先行。大洋は六回、浅岡三郎の2点二塁打で追いつき、七回には佐藤武夫のバント安打などで2点を加えて逆転した。しかし九回二死、古川清蔵の2ランが飛び出し、4―4で延長戦へ入った[B2]。
◇終盤にもあった決着の機会
二十六回の名古屋は、西沢道夫の二塁打で一塁走者が本塁を狙ったもののアウト。二十七回の大洋も、織辺由三の中前打で二塁走者が三塁を回ったところで転倒してアウトになった。いずれも得点に至らず、二十八回の終了時に日没で試合が打ち切られた[B2]。
◇球場の第3試合だった
週刊ベースボールの回顧記事では、この一戦は当日の後楽園で組まれた3試合の最後とされる。大洋は前の試合から25分の休憩で臨んだという。当時はナイター設備がなく、さらにこの年は延長回数の上限が外されていたと報じられている。長く続けられる制度と、明るいうちしか試合を続けられない球場条件が重なった一戦だった[B3]。
◇前日にも投げていた野口
同記事によると、野口は前日にも九回まで投げて完封していた。翌日の28回と合わせると、二日間で37回になる。前夜の飲酒と二日酔いについても逸話が記されているが、これは後年の回顧記事が伝えるエピソードで、当日の原記録で裏付けた事実とは分けて読む必要がある[B3]。
◇その年の両先発
| 選手 | 登板 | 勝利 | 敗戦 | 完投 | 完封勝 | 投球回 | 奪三振 | 防御率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 野口二郎 | 66 | 40 | 17 | 41 | 19 | 527 1/3 | 264 | 1.19 |
| 西沢道夫 | 35 | 7 | 11 | 9 | 1 | 211 | 52 | 1.75 |
上表は1942年のシーズン成績。野口の41完投のうちの一つがこの引き分けだった。西沢も同年7月18日にノーヒットノーランを達成し、戦後には打者として1952年の首位打者と打点王を獲得する。投手としての耐久力を語るこの試合には、のちに打者でも名を残す選手がそろっていた[A3][A4][A5]。
現代の先発平均投球数との比較
◇年間平均ではなく先発登板ごとに数える
先発と救援を兼ねた投手の年間総投球数を先発数で割ると、救援時の球数まで混ざってしまう。そこで公式ボックススコアの各チームの投手成績から、最初に登板した投手の「投球数」だけを採用した。投手ごとの平均をさらに平均する方法でもなく、先発登板一回ごとに同じ重みを与えた集計である[C1]。
| 年 | 対象試合数 | 先発登板数 | 先発時の総投球数 | 平均球数 |
|---|---|---|---|---|
| 2016 | 858 | 1,716 | 171,840 | 100.14 |
| 2017 | 858 | 1,716 | 168,635 | 98.27 |
| 2018 | 858 | 1,716 | 168,125 | 97.97 |
| 2019 | 858 | 1,716 | 157,949 | 92.04 |
| 2020 | 720 | 1,440 | 133,100 | 92.43 |
| 2021 | 858 | 1,716 | 159,413 | 92.90 |
| 2022 | 858 | 1,716 | 158,227 | 92.21 |
| 2023 | 858 | 1,716 | 159,388 | 92.88 |
| 2024 | 858 | 1,716 | 159,074 | 92.70 |
| 2025 | 858 | 1,716 | 159,202 | 92.78 |
| 合計 | 8,442 | 16,884 | 1,594,953 | 94.47 |
平均球数=その年の先発時総投球数÷先発登板数。2020年は短縮シーズンのため試合数が少ない。10年合計の平均は、各年の平均を単純平均せず、全登板を合算して求めた。出典はNPB公式の試合別投打成績で、上の平均値は本記事独自の集計。付属集計表には先発登板ごとの球数と公式ページのURLを収録した[C1]。
◇大きいのは一回の球数より投げた回数
野口の344球は近年の先発平均の約3.64倍。ただし、投球回も28回あり、九回の約3.11倍だった。344÷28=1イニング平均約12.29球という算術から見ると、球数の大きさは、主として途方もない長さを一人で投げ抜いたことから生まれている。近年の一登板と同じ長さの試合で球数が膨らんだ記録とは区別して考えたい[B2][C1]。
確認の範囲
対象は日本の一軍プロ野球の公式戦で、一人の投手が一試合の登板中に投じた球数。練習投球・牽制球・両チームの合計球数は対象外。最多記録の当日成績は公表された二次資料から再構成し、原スコアブックと全打席の打球結果は未確認。現代比較は2016〜2025年終了までのレギュラーシーズン全試合を集計。確認日:2026年10月6日。