無冠のシーズンMVP ⑦

同じチームに二冠の投手がいても、MVPは別のエースに贈られた。長いイニングを投げ、投手力で勝つチームを支えたベテランの一年を追う。

概要

日本プロ野球のシーズンMVP受賞者から、受賞年の主要投手成績タイトルを獲得していない投手を取り上げる。通算タイトル歴や日本シリーズの表彰とは区別する。

投手のタイトルは、防御率、勝利、勝率などの部門ごとに決まる。一方、MVPは記者投票による総合的な評価である。同じチームに成績タイトルの受賞者がいる場合でも、別の投手が選ばれることがある。その受賞を投球内容とチームの戦い方から読む。

詳細

◇第7回の主役

東尾修。1987年、西武ライオンズで4年ぶり2度目のパ・リーグMVPを受賞した。28登板、15勝9敗、防御率2.59。222回⅔を投げ、17完投、3完封を記録した。最多勝には届かず、防御率と最高勝率のタイトルは同僚の工藤公康が獲得したが、リーグMVPは東尾だった[A1][A3][A4]。

ここでいう「無冠」は、受賞年の主要な投手成績タイトルを獲得していない、という意味である。当時の最優秀防御率・最多勝・最高勝率・最優秀救援を確認した。最多奪三振は1989年からパ・リーグの正式な表彰に加わるため、1987年の順位は参考成績として扱う。東尾は同年、ゴールデン・グラブ賞を受賞しており、選考賞も通算タイトルもないという意味ではない[A3][A5][A6][B2]。

◇222回⅔を投げたシーズン成績

東尾は37歳を迎えたこの年、28試合に登板して15勝。222回⅔で与四球29、奪三振85を記録した。三振の数が突出した投手ではなかったが、17完投、3完封、6無四球試合という成績から、長いイニングを投げ切った働きが分かる[A1]。

選手名年球団登板勝利敗北セーブ勝率
東尾修1987西武281590.625

一軍公式戦の投手成績。ポストシーズンは含めない[A1]。

投球回完投完封無四球試合対戦打者奪三振
222⅔173690485

投球回の⅔は2アウト分。222.2回を小数の222.2イニングとして計算しない[A1]。

被安打被本塁打与四球与死球暴投ボーク
2151629630

各項目は別々の成績。与四球29と与死球6を分けて掲載[A1]。

失点自責点防御率
81642.59

失点と自責点は異なる。防御率は自責点64に基づく[A1]。

◇主要タイトルのトップ3と参考の奪三振順位

防御率は工藤公康に次ぐ2位。15勝は最多勝の山沖之彦19勝に4勝及ばず、5人が並ぶ2位タイだった。最高勝率については、当時の表彰条件である13勝以上の投手を対象に上位3人を示す[A3][A6][B3]。

◇防御率

防御率
順位選手名球団防御率
1工藤公康西武2.41
2東尾修西武2.59
3山沖之彦阪急2.75

規定投球回以上の公式順位。東尾は2位[A3]。

◇勝利

勝利
順位選手名球団勝利
1山沖之彦阪急19
2工藤公康西武15
2東尾修西武15
2阿波野秀幸近鉄15
2西崎幸広日本ハム15
2藤本修二南海15

トップ3の範囲に入る同順位の選手を全員掲載。2位タイが5人のため6人となる[A3][B3]。

◇最高勝率

勝率
順位選手名球団勝率
1工藤公康西武.789
2郭泰源西武.765
3西崎幸広日本ハム.682

13勝以上の投手を比較。勝率=勝利÷(勝利+敗北)。郭は13勝4敗、西崎は15勝7敗。東尾は15勝9敗で.625[A3][A6][B3]。

◇奪三振

奪三振
順位選手名球団奪三振
1阿波野秀幸近鉄201
2西崎幸広日本ハム176
3工藤公康西武175

参考順位。1987年は最多奪三振の正式表彰前。東尾は85奪三振[A1][A3][A6]。

当時の最優秀救援投手はロッテの牛島和彦で、26セーブポイント。東尾は0セーブだった。先発投手として関係の深い防御率・勝利・勝率に加え、参考として奪三振のトップ3を掲載した[A1][B2]。

二冠の工藤と比べると

工藤は15勝4敗、防御率2.41、223回⅔、23完投、175奪三振。勝利数は東尾と同じで、防御率、勝率、完投数、奪三振数では工藤が上だった。東尾がMVPだったという結果から、東尾がすべての投球成績で上回っていたと読み替えることはできない[A1][A2][A3]。

選手名球団登板勝利敗北投球回防御率勝率
東尾修西武28159222⅔2.59.625
工藤公康西武27154223⅔2.41.789

同じ1987年の一軍公式戦を比較[A1][A2]。

選手名完投完封無四球試合与四球与死球奪三振
東尾修173629685
工藤公康2322642175

東尾は与四球と無四球試合数、完封数で異なる強みを示している。投球回の差は223⅔−222⅔=1回[A1][A2]。

東尾の与四球は、ほぼ同じ投球回の工藤の半分以下だった。9回当たりの与四球は東尾が約1.17、工藤が約2.58。三振の多さとは別に、四球を抑えながら長いイニングを受け持つ投球に特徴が見える。ただし、これだけで両者の総合的な貢献の優劣を決めることはできない[A1][A2]。

9回当たりの与四球=与四球×9÷投球回。東尾は29×9÷(222+2÷3)、工藤は64×9÷(223+2÷3)。四球のみを数え、死球は含めない。

◇打率最下位を補った投手力

西武は71勝45敗14分、勝率.612でリーグ3連覇。2位阪急には9ゲーム差をつけた。チーム打率.249はリーグ最下位だった一方、防御率2.96はリーグ1位。2位ロッテの3.67との差は0.71で、投手陣の強さが際立つ優勝だった[A3][A4]。

◇順位表

順位チーム名試合勝利敗北引分勝率ゲーム差
1西武130714514.612―
2阪急130645610.5339.0
3日本ハム13063607.51211.5
4南海130576310.47516.0
5ロッテ130516514.44020.0
6近鉄13052699.43021.5

1987年パ・リーグ公式戦の最終順位。球団名は当時の名称の略称。ゲーム差は首位との差[A3]。

◇チーム成績

チーム名打率本塁打得点防御率失点完投
西武.2491535252.9643466
阪急.2721525843.8954245
日本ハム.2591285613.9656236
南海.2611325023.8655647
ロッテ.2641045183.6752539
近鉄.2701355284.2259943

上の順位表と同じシーズン。完投はチーム合計[A3]。

球団の回顧は、東尾、工藤、郭泰源を先発3本柱とし、松沼博久の復活も含めた投手力を優勝の支えに挙げている。西武の66完投のうち、東尾は17完投、工藤は23完投。二人で40完投を担っていた[A1][A2][A3][A4]。

選出理由を成績と回顧記事から考える

以下は公式成績と後年の回顧記事からの推察であり、当時の投票者全員の理由を確定したものではない。東尾は防御率2位、勝利数2位タイという高い水準に加え、222回⅔を投げた。打率最下位のチームで、先発として失点を抑え、多くのイニングを引き受けた継続的な貢献が評価の土台だったと考えられる[A1][A3][A4]。

2018年の週刊ベースボールの回顧記事は、東尾が工藤と防御率のタイトルを争い、タイトルは譲ったものの同じ15勝を挙げ、貢献度もあってMVPに選ばれたと記している。記事は東尾の投球を、打者の反応を観察しながら情報を蓄積する、計算された投球術として紹介した。与四球29という成績と合わせ、三振の数だけでは表しにくい投球の価値を考える手掛かりになる[A1][B1]。

一方で、工藤の二冠と23完投も、同じ優勝を支えた大きな成果である。東尾が選ばれた具体的な決め手を、年齢や経験だけで断定することはできない。この受賞は「タイトル数が多い投手が、そのままMVPになるとは限らない」という例として読むのが妥当だ[A2][A3]。

おすすめシーズン・順位最もタイトルホルダーの少ないリーグ優勝チーム優勝チームには、投打のタイトルを獲得した選手がそろう印象がある。では、その人数が最も少なかったのはどんなチームだろう。

◇後楽園でつないだ勝利

10月30日の日本シリーズ第5戦、後楽園で東尾は桑田真澄と投げ合った。シリーズは2勝2敗。西武が初回に3点を奪い、東尾は8回⅓を8安打、無四球、2奪三振、1失点に抑えた。九回途中から工藤が残る二人を打ち取り、西武は3対1で勝利した[A7][A8][A9]。

選手名投球回被安打与四球与死球奪三振失点自責点
東尾修8⅓800211
工藤公康⅔000100

1987年日本シリーズ第5戦の投球成績。東尾が勝利投手、工藤がセーブ投手。シーズン成績とは別[A7]。

ベテランが試合をつくり、二冠の左腕が締めたリレーだった。西武は続く第6戦も3対1で勝ち、4勝2敗で日本一に。リーグMVPは東尾、日本シリーズMVPは工藤と、異なる期間の表彰を二人が分け合った[A3][A8][B2]。

確認日は2026年10月12日。対象は1987年パ・リーグ一軍公式戦。日本シリーズはエピソードとして分け、年間成績には加えない。勝率順位は当時の13勝以上の表彰条件で集計。最多奪三振は正式表彰前の参考順位である。選出理由は公式成績と回顧資料からの推察。★は記事で注目する選手・チームの指定。

何がすごいのか

  • 防御率2.59はリーグ2位。222回⅔を投げ、17完投を記録した[A1][A3]。
  • 同じ15勝の工藤公康が防御率・最高勝率の二冠でも、リーグMVPは東尾だった[A3][A4]。
  • チーム打率最下位、防御率1位の西武を、先発投手として支えた[A3][A4]。
  • 選手・キャリア

    無冠のシーズンMVP ⑤

    主要打撃タイトルに手が届かなくても、攻撃の中心であり続けた。遊撃手と主将の役割を担いながら、優勝へ導いた一年を成績と当時の言葉から読む。

  • 選手・キャリア

    無冠のシーズンMVP ②

    本塁打も打点も、タイトル争いの上位にいながら頂点には届かなかった。それでもMVPに選ばれた打者の一年を、各部門の順位と優勝への働きから追う。

  • 選手・キャリア

    無冠のシーズンMVP ⑥

    長打の数だけでは伝わらない、捕手の働きがある。打線の中軸と投手陣の支えを兼ね、全試合に出場して優勝に貢献した一年をたどる。

  • 選手・キャリア

    無冠のシーズンMVP ⑧

    強力打線の中軸を担いながら、捕手として最後までグラウンドに立ち続けた。個人タイトルに届かなくても、攻守の働きでMVPに選ばれた一年を追う。

出典