詳細
1試合で10人が記録した12打席
1942年5月24日、大洋軍対名古屋軍5回戦(後楽園球場)。先攻の名古屋が105打席、後攻の大洋が103打席、両軍合計208打席に達した。出場した19人のうち、途中交代は大洋の山川喜作に代わった苅田久徳だけ。両先発を含め、18人が交代せず出場した[1][2][3][4][5][6][7][8][9][10]。
| 選手名 | 球団 | 打順 | 打席 | 打数 | 四死球 | 犠打 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 石丸藤吉 | 名古屋 | 1 | 12 | 12 | 0 | 0 |
| 木村進一 | 名古屋 | 2 | 12 | 11 | 1 | 0 |
| 桝嘉一 | 名古屋 | 3 | 12 | 10 | 2 | 0 |
| 飯塚誠 | 名古屋 | 4 | 12 | 11 | 1 | 0 |
| 古川清蔵 | 名古屋 | 5 | 12 | 11 | 1 | 0 |
| 吉田猪佐喜 | 名古屋 | 6 | 12 | 11 | 1 | 0 |
| 中村信一 | 大洋 | 1 | 12 | 11 | 1 | 0 |
| 濃人渉 | 大洋 | 2 | 12 | 9 | 1 | 2 |
| 浅岡三郎 | 大洋 | 3 | 12 | 10 | 2 | 0 |
| 野口二郎 | 大洋 | 4 | 12 | 12 | 0 | 0 |
濃人渉は9打数に1四球・2犠打を加えて12打席。石丸藤吉と野口二郎は12打数だったが、残る8人は四球や犠打を含む。「最多打数が12の2人」と「最多打席が12の10人」は別の記録である[1][4][5][6][7][8][9][10]。
| チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 名古屋 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 |
| 大洋 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 0 | 0 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | R | H | E |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 13 | 5 |
| 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 15 | 6 |
9回表に4対4となり、延長の19イニングはすべて0点。R=総得点、H=総安打、E=総失策。28回裏終了で日没引き分け[1][2]。
◇両軍オーダーと全打席の結果
結果は第1打席から順番に並べる。長い行は6打席ずつ改行するが、改行位置にイニングの区切りという意味はない。位置と名前は当時の表記を使う。三振は空振り・見逃しを区別しない[4][5][6][7][8][9][10]。
| 位置 | 選手名 | 打席 | 打撃結果(打席順) |
|---|---|---|---|
| (二) | 1 石丸藤吉 | 12 | 左飛 左邪飛 三ゴ 投ゴ 投ゴ 遊ゴ 二飛 二ゴ 遊飛 三ゴ 投ゴ 三振 |
| (遊) | 2 木村進一 | 12 | 中安 二直 右ゴ 遊失 投ゴ 中安 四球 中飛 二ゴ 三振 右飛 三振 |
| (中) | 3 桝嘉一 | 12 | 右安 三ゴ 四球 中飛 四球 遊ゴ 三ゴ 三ゴ 二ゴ 投ゴ 二安 左邪飛 |
| (右) | 4 飯塚誠 | 12 | 三振 四球 三ゴ 左飛 一ゴ 捕邪飛 中飛 二飛 三振 右飛 投ゴ 遊安 |
| (捕) | 5 古川清蔵 | 12 | 三振 左二 左飛 投ゴ 左本② 左飛 遊ゴ 三ゴ 三振 四球 三振 二ゴ |
| (左) | 6 吉田猪佐喜 | 12 | 左安 四球 二飛 右飛 一邪飛 中安 三ゴ 二飛 中飛 右飛 三振 右飛 |
| (一) | 7 野口正明 | 11 | 遊失 三邪飛 三ゴ 一邪飛 三振 二ゴ 三振 左中二 投ゴ 一邪飛 二失 |
| (投) | 8 西沢道夫 | 11 | 遊ゴ 遊失 三振 中安 中飛 三ゴ 遊ゴ 遊ゴ 三振 右失 右中二 |
| (三) | 9 芳賀直一 | 11 | 遊野① 投飛 三ゴ 左中二 捕邪飛 左飛 遊失 遊ゴ 二飛 二併 三ゴ |
| 合計 | 105打席99打数13安打、3打点、13三振、6四死球、0犠打。 |
| 位置 | 選手名 | 打席 | 打撃結果(打席順) |
|---|---|---|---|
| (三) | 1 中村信一 | 12 | 中飛 左飛 中安 投ゴ 二ゴ 遊ゴ 二飛 左安 三振 四球 二ゴ 二ゴ |
| (遊) | 2 濃人渉 | 12 | 四球 左飛 投犠 左安 三ゴ 遊飛 三直 三失 中飛 投犠 三ゴ 中飛 |
| (右) | 3 浅岡三郎 | 12 | 遊併 四球 左二② 遊ゴ 二飛 三振 遊飛 遊併 一邪飛 四球 二ゴ 中安 |
| (投) | 4 野口二郎 | 12 | 三ゴ 三直 二ゴ 中飛 遊失 遊ゴ 中安 遊ゴ 二ゴ 二飛 中飛 遊ゴ |
| (一) | 5 野口明 | 11 | 左飛 一ゴ 中飛 左安 二飛 捕邪飛 犠打 一邪飛 遊失 二飛 一ゴ |
| (左) | 6 村松長太郎 | 11 | 左安 三ゴ 中安 右ゴ 遊失 二飛 三ゴ 二ゴ 遊併 一邪飛 遊ゴ |
| (二) | 7 山川喜作 | 2 | 三ゴ 三振 |
| 代打→二 | 苅田久徳 | 9 | 左安 左安 左安 左飛 敬遠 右飛 中飛 中飛 中飛 |
| (捕) | 8 佐藤武夫 | 11 | 遊ゴ 遊ゴ 投安① 捕邪飛 三併 三振 左飛 三振 三直 三振 左中二 |
| (中) | 9 織辺由三 | 11 | 二飛 四球 右飛 左飛 左飛 捕邪飛 三ゴ 中飛 遊ゴ 投ゴ 中安 |
| 合計 | 103打席94打数15安打、3打点、6三振、6四死球、3犠打。 |
安・二・本はそれぞれ安打・二塁打・本塁打。①②は打点。失は失策による出塁、野は野手選択、併は併殺打、犠は犠打、敬遠は故意四球。右ゴは右翼ゴロであり、右安ではない。合計の打点と得点の差は失策などによる得点があるため[1][4][5][6][7][8][9][10]。
なぜこれほど打席が回ったのか
9回表に古川清蔵の2ランで名古屋が追いつき、10回から28回まで19イニング連続で両軍無得点。当時は延長回数に上限がなく、日没まで試合が続いた。結果として、両軍とも28回の攻撃を行った[2][3][6]。
打順の位置も効いている。名古屋の105打席は9人打線の11巡分99打席に、1~6番の6打席を加えた数。大洋の103打席は11巡分に1~4番の4打席を加えた数である。途中交代のあった7番を除き、1つの打順を同じ選手が担当したため、この10人が12打席に到達した[1][4][5][6][7][8][9][10]。
◇9回2死から、あと一人で終わるはずだった試合
名古屋は序盤に2点を先行したが、大洋が6回に浅岡三郎の2点二塁打で追いついた。7回は佐藤武夫のバント安打と相手の悪送球が絡んで大洋が4対2と逆転。9回表は2死二塁まで進み、古川の打席でアウトを取れば大洋の勝利だった。ところが古川が左翼へ2ランを放ち、長い延長戦が始まった[1][5][6]。
◇26回と27回にも決着の機会があった
26回表、名古屋は2死一塁から西沢道夫が右中間へ二塁打。一塁走者の野口正明が本塁を狙ったが、大洋の右翼手・浅岡から二塁手・苅田、捕手・佐藤とつながって本塁でアウトになった[10]。
27回裏は、その佐藤が二塁打で出塁し、織辺由三が中前打。佐藤が生還すれば大洋のサヨナラ勝ちだったが、三塁を回ったところで転倒した。三塁へ戻ろうとしてタッチアウトとなり、また試合が続いた。28回にも両軍1安打ずつを放ったが点は入らず、日没で終了した[3][10]。
| 投手 | 球団 | 打順 | 投球回 | 対戦打者 | 奪三振 | 打席 | 打数 | 安打 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 野口二郎 | 大洋 | 4 | 28 | 105 | 13 | 12 | 12 | 1 |
| 西沢道夫 | 名古屋 | 8 | 28 | 103 | 6 | 11 | 11 | 2 |
両先発は28回を一人で投げ切った。野口は打者としても4番に入り、12打数1安打。西沢は8番で、11打数2安打だった。同じ回数を投げても、打順と両軍の総打席数の違いによって、打つ回数には一つ差が付いた[1][2]。
◇打席に入っても、打席数が増えない場面
13回表、桝の打席中に一塁走者の木村が盗塁死して攻撃終了。桝自身の打撃は完了しておらず、この場面は1打席に数えない。次の14回表、桝が先頭打者として打ち直している。23回表も、野口正明の打席中に古川が盗塁死。野口正明は24回表の先頭打者となった。打席に立ち始めた回数と、記録上の打席数を区別する必要がある[7][9]。
◇同じ球場で3試合目だった
後楽園球場で行われたトリプルヘッダーの3試合目。両軍ともこの日2試合目で、大洋は前の試合からわずか25分の休憩で臨んだ。試合時間は3時間47分だった[3]。
12打席はこの延長28回の1試合だけの記録で、同じ日の別試合は加算していない。なお、この大洋軍は翼と名古屋金鯱の合併で生まれた戦前の球団で、戦後の大洋ホエールズとは別球団である[3]。
集計範囲と資料の扱い
対象はNPB一軍公式戦と、その前身の1リーグ時代の個人1試合成績。延長を含め、引き分けも含む。二軍、オープン戦、オールスター、ポストシーズン、MLB、アマチュア野球は対象外。チーム全体の打席数や、ダブルヘッダー2試合分の合計とは分ける。9回終了時点までを対象とする記録とも条件が異なる。
12打席の人数と内訳は、公開ボックススコアと、スコアカードを解読した連載資料を照合した本記事の再集計。名古屋105、大洋103、合計208打席は、各打者が完了した打席を合計し、相手投手の対戦打者数とも一致することを確認した。打席途中の走者アウトによる攻撃終了は加算しない[1][4][5][6][7][8][9][10]。
NPB公式に1試合最多打席の歴代一覧は見当たらないため、12打席を全年代・全試合にわたって独立に証明したものではない。この記事の10人は、この1試合を再集計した結果であり、他の試合の同記録保持者を網羅した一覧ではない。最長イニング試合の記録も参照した[14]。
打席順の結果はスコアカード解読資料に従い、全19選手について、打数・安打・三振・四死球の合計を別資料と照合した。三振は空振り・見逃しの区別を確定できないため、単に「三振」とする。桝の25回は二安、飯塚の28回は遊安とし、別の回顧資料にある打球方向との違いは注記した。原スコアカード全体の独自再判読までは行っていない[1][9][10]。
比較には2025年のシーズン最終値を使用。歴史的な記録を現代の平均と比べるための参考で、同時代の平均ではない。資料確認日:2026年10月20日。