1試合で最も多く得点があったイニング数

大量得点の試合でも、スコアボードにはたいてい「0」が並ぶ。では、1試合で何回の攻撃に得点を刻めるのだろう。途切れなかった打線の記録をたどる。

一般的には?

1点を取った回も、打者一巡で大量点を奪った回も、「得点した回」としては一つ。同じ合計得点でも、一度にまとめて取る試合と、いくつもの回に分けて取る試合ではスコアボードの形が違う。今回は1チームが1試合のうち何イニングで得点したかに注目する。相手チームの得点は足さず、自分たちの欄に「0」以外が何個並んだかを数える。

阪急の毎回得点(1975・1985年)
8イニング

答え

得点したイニング数(9回まで)9イニング

9イニングが最多。該当するのは、南海(1952年)、阪神(1970年)、中日(1984年)、西武(1997年)の各試合。ここでは1997年5月7日の西武対ダイエー戦を紹介する。

年
1952年 1970年 1984年 1997年
チーム
南海ホークス(1952年) 阪神タイガース(1970年) 中日ドラゴンズ(1984年) 西武ライオンズ(1997年)
カテゴリ
チーム・試合

普通と比べると

阪急の毎回得点(1975・1985年)
8イニング
西武の毎回得点(1997年)
9イニング

同じ「毎回得点」でも、実際に得点した回は西武の方が1イニング多い。

これは平均との比較ではない。阪急の2試合は9回裏の攻撃なし。延長を含む全試合の最多については未確認のため、現稿は9回までの記録を扱う。

詳細

1997年5月7日、福岡ドームで西武はダイエーと対戦した。初回に2点を奪うと、2回は4点。そこからも毎回得点を重ね、8回を終えて19対0となった。最後の9回にも2点を加え、西武の得点欄には一度も「0」が入らなかった。最終スコアは21対0。得点したイニングは、1回から9回までの九つだった。

西武は29安打を放ち、先発した9人全員が安打を記録した。先発投手の豊田清はダイエーを2安打に抑えて完封。西武の得点欄はすべて得点あり、ダイエーの欄はすべて0という、対照的なスコアボードになった。安打数や得点の大きさに加え、攻撃が最終回まで途切れなかったことが、この試合の見どころだ。

「毎回得点」という言葉だけでは、得点したイニング数は決まらない。後攻のチームがリードしていれば9回裏の攻撃はなく、8回までの毎回得点でも成立する。記録集に載る阪急の1975年と1985年の試合はこの形だ。本記事では実際に得点した回を数えるため、9回すべてで得点した試合と区別する。

9回すべてで得点した試合
日付チーム対戦相手結果
1952年6月7日南海東急18対4
1970年6月27日阪神ヤクルト14対0
1984年6月29日中日大洋22対7
1997年5月7日西武ダイエー21対0

上表は出典の毎回得点一覧から、9回の攻撃があった4試合を抽出。延長戦の得点回数を網羅した一覧ではない。

おすすめチーム・試合二桁得点の最多連続試合数一度の打線爆発ならともかく、毎試合二桁の得点を挙げる勢いは、何試合続いたのだろうか。連続記録を残した打線の中身を追う。

西武対ダイエーのスコアボード 1997年5月7日 福岡ドーム
チーム123456789RHE
西武24221161221290
ダイエー000000000021

R=得点、H=安打、E=失策。西武の得点欄で1以上となった回は9。

西武の先発オーダー

位置選手名
(遊)松井稼頭央
(中)大友進
(一)金村義明
(三)鈴木健
(指)マルティネス
(右)佐々木誠
(左)垣内哲也
(捕)伊東勤
(二)奈良原浩
(投)豊田清

ダイエーの先発オーダー

位置選手名
(左)村松有人
(遊)井口忠仁
(右)大道典良
(二)小久保裕紀
(指)吉永幸一郎
(三)湯上谷竑志
(捕)城島健司
(一)浜名千広
(中)柴原洋
(投)ウエスト

先発メンバーのみ掲載。指=指名打者。選手名は当時の表記。

何がすごいのか

  • 1点以上を取る攻撃が初回から最終回まで続いた。
  • 西武は先発全員安打を記録し、途中出場の選手にも安打が出た。
  • 相手を完封し、二つの得点欄が対照的な並びになった。

出典