二桁得点の最多連続試合数

一度の打線爆発ならともかく、毎試合二桁の得点を挙げる勢いは、何試合続いたのだろうか。連続記録を残した打線の中身を追う。

一般的には?

二桁得点とは、1試合のチーム得点が10点以上になること。翌日も大量点を取るには、打線が続けて走者を出し、相手投手が替わっても得点につなげる必要がある。日数ではなく、実際に行われた公式戦が続く順序で数える。延長の得点も試合合計に含む。

答え

10得点以上の最多連続試合数4試合連続

答えは4試合連続。歴代記録集の2025年終了時点の掲載では、1951年5月11日~16日の読売ジャイアンツ、1998年7月4日~8日の福岡ダイエーホークス、2003年5月23日~26日の日本ハムファイターズが並ぶ。各球団の4試合は、それぞれ21・19・11・12点、10・10・11・11点、10・13・19・10点だった[B1][B2][B3][B4]。

年
1951年 1998年 2003年
チーム
読売ジャイアンツ(1951年) 福岡ダイエーホークス(1998年) 日本ハムファイターズ(2003年)
カテゴリ
チーム・試合

詳細

同じ4試合でも合計得点は異なる

球団名年開始日最終日連続試合合計得点合計安打平均得点
巨人19515月11日5月16日4636915.75
ダイエー19987月4日7月8日4425710.50
日本ハム20035月23日5月26日4526113.00

4試合の合計のみ。次の試合は合算しない。3球団とも記録期間中は4勝0敗。同じ最多連続試合数でも、合計得点には21点の差がある。試合のない日は連続を切らない[B2][B3][B4]。

記録期間の全スコアボード

各球団について、記録を作った4試合と、二桁得点が途切れた次の1試合を掲載する。Rは得点、Hは安打、Eは失策。xは後攻の攻撃を必要としなかった回、-は行われなかった回。イニング別得点と安打・失策は、二次資料の復元データに従う[B2][B3][B4]。

◇読売ジャイアンツ(1951年)

球団名123456789RHE
国鉄000000002241
巨人05900205x21170
球団名123456789RHE
大洋000000102372
巨人00750070x19191
球団名123456789RHE
大阪0000200002103
巨人00190001x11154
球団名123456789RHE
巨人30701001012181
松竹0000400116130

球団名123456789101112RHE
巨人0021010000004131
松竹200020000000480

◇福岡ダイエーホークス(1998年)

球団名1234567891011RHE
ダイエー0200004000410130
ロッテ02200000201782
球団名123456789RHE
ダイエー11103130010211
ロッテ100020000371
球団名123456789RHE
ダイエー00020710111130
西武000000000092
球団名123456789RHE
ダイエー41002002211100
西武200010001492

球団名123456789RHE
ダイエー00001000x-140
西武3011000--560

◇日本ハムファイターズ(2003年)

球団名123456789RHE
ロッテ0010001024101
日本ハム11003500x10151
球団名123456789RHE
ロッテ1022000005122
日本ハム00012910x13140
球団名123456789RHE
ロッテ000100000152
日本ハム40016701x19190
球団名123456789RHE
日本ハム01212002210131
西武000010000120

球団名123456789RHE
日本ハム012000000360
西武000011000261

最多21得点の試合をたどる

1951年5月11日 巨人対国鉄5回戦 後楽園球場。上掲の12試合のうち最多得点だった21対2の試合を取り上げる。巨人は17安打、14四死球、5盗塁を記録し、二回に5点、三回に9点を挙げ、三回終了時点で14対0とした[B2]。

その後は六回に2点、八回に5点を加えて21対0。国鉄は九回に2点を返した。本塁打は青田昇の5号1本だけだった。巨人は19打点に対して21得点で、打点の総数と得点は一致しない。差の2点を生んだ具体的なプレーは資料から確認できず、推測で補わない[B2]。

宇野光雄は5打数4安打2打点、青田は5打数2安打5打点。先発投手の藤本英雄も3打数3安打4打点、多田文久三も1打数1安打1打点だった。投手の2人だけで4安打5打点。一方、小松原博喜は3打数無安打ながら4四死球と3盗塁を記録した。安打数だけでは打線の働きが見えない試合である[B2]。

両軍の実際のオーダーと当日の打撃成績

先発9人を打順で並べ、同じ打順の枠に途中出場選手を続けた。位置の矢印は確認できた守備変更。成績は当日の試合合計で、シーズン成績や打席順の経過ではない。四死球は四球と死球の合計[B2]。

打順位置選手名打数安打打点三振四死球盗塁失策
1(二)千葉茂5131100
2(左)小松原博喜3001430
3(中)青田昇5250100
4(一)川上哲治4110100
4(代走)寺本哲治0000000
4(右)中島執1000000
5(右→一)南村不可止5220110
6(三)宇野光雄5420110
7(捕)楠協郎4200200
8(遊)内藤博文3111300
9(投)藤本英雄3340000
9(代打)手塚明治1000000
9(投)兼吉寛0000000
9(代打)山川武範1000000
9(投)多田文久三1110000
打順位置選手名打数安打打点三振四死球盗塁失策
1(中)土屋五郎2100010
1(左)岩橋利男1000100
2(遊)中村栄3000001
2(代打)久住静男1100000
3(右)藤田宗一2000000
3(右)久保吾一2120000
4(捕)宇佐美一夫2100000
4(捕)井上親一郎2000000
5(一)森谷良平3001100
6(左→中)初岡栄治3000110
7(二)福田勇一3000000
8(三)千原雅生2000000
8(三)川島孝1000000
9(投)高橋輝1000000
9(投)箱田弘志0000000
9(投)村松昭次郎2000000

先発から救援までの投手成績

球団名選手名投球回被安打奪三振四死球勝敗
巨人藤本英雄5211勝
巨人兼吉寛2001-
巨人多田文久三2201-
国鉄高橋輝2413敗
国鉄箱田弘志0 2/3414-
国鉄村松昭次郎5 1/3917-

藤本英雄が勝利投手、高橋輝が敗戦投手。巨人は藤本5回、兼吉寛2回、多田2回の継投。個別自責点と防御率は復元表が空欄のため、0とはせず記載しない[B2]。

大量点の要因を数字から読む

国鉄の3投手は合計14四死球。とりわけ箱田弘志は2/3回で4安打4四死球、村松昭次郎は5回1/3で9安打7四死球だった。巨人の二回5点・三回9点という集中得点に加え、試合全体で走者を多く出したことが大量点を支えたと考えられる。ただし、各四死球がどの回の何点に直結したかは未確認である[B2]。

参考として、1951年セ・リーグの7球団は合計3675得点、球団試合数の合計772。1球団1試合あたりの平均は3675÷772=約4.76点。巨人の記録期間は63÷4=15.75点で、約3.31倍だった。引き分けと投手の打撃を含むチーム総得点の比較であり、連続試合数の平均との比較ではない[A1][B2]。

3球団のシーズン順位とチーム成績

各記録を達成したリーグの全球団を、NPB公式の最終順位で並べる。異なる年・リーグを一つの順位に混ぜない。勝率は勝利÷(勝利+敗北)、ゲーム差は公式表記。各成績を独立した列にして掲載する[A1][A2][A3]。

◇1951年シーズン順位表

順位球団名勝利敗北引分試合勝率ゲーム差打率得点安打本塁打盗塁防御率失点奪三振完封勝
1読売ジャイアンツ79296114.731--.2917021151921922.6238143612
2名古屋ドラゴンズ62483113.56418.0.2725261039671613.475233518
3大阪タイガース61523116.54020.5.269545106978683.264652948
4松竹ロビンス53575115.48227.0.26860910871051204.415983079
5国鉄スワローズ46592107.43831.5.2454389868361423.965334987
6大洋ホエールズ40644108.38537.0.25350294386664.846202393
7広島カープ3264399.33341.0.244940283142614.625552401

◇1998年シーズン順位表

順位球団名勝利敗北引分試合勝率ゲーム差打率得点安打本塁打盗塁防御率失点奪三振完封勝
1西武ライオンズ70614135.534--.27058612171151453.6655990312
2日本ハム・ファイターズ67653135.5083.5.2556351136150913.8357170310
3オリックス・ブルーウェーブ66663135.5004.5.26395861204140424.0360982410
4福岡ダイエーホークス67671135.5004.5.26375461167100894.025967195
5近鉄バファローズ66672135.4965.0.2675931198126804.2862976010
6千葉ロッテマリーンズ61713135.4629.5.2715811240102803.7056375010

◇2003年シーズン順位表

順位球団名勝利敗北引分試合勝率ゲーム差打率得点安打本塁打盗塁防御率失点奪三振完封勝
1福岡ダイエーホークス82553140.599--.29782214611541473.9458811269
2西武ライオンズ77612140.5585.5.27146921295191844.43660102610
3大阪近鉄バファローズ74642140.5368.5.2747181302187834.306329653
4千葉ロッテマリーンズ68693140.49614.0.27136511292145684.376658497
5日本ハム・ファイターズ62744140.45619.5.2696751310149904.887387345
6オリックス・ブルーウェーブ48884140.35333.5.2766521333174745.959278925

主力打者と記録の持続性

1951年の巨人では川上哲治が打率.377で首位打者とMVP、青田昇が32本塁打・105打点で本塁打王と打点王を獲得した。リーグを代表する主力と、当日の投手を含めた下位打線の貢献が重なったことは確認できる。ただし、監督の指示や練習方法が4試合連続の直接原因だったとする取材資料は確認できていない[A1][B2]。

47年ぶりに並んだダイエー

週刊ベースボールの回顧記事によれば、ダイエーはこの時期に7連勝を記録し、その最後の4試合が二桁得点だった。1951年巨人以来47年ぶりのタイ記録である。同記事は王貞治監督が、同じ選手によるチームでも急に勢いが変わることへの驚きを語ったと紹介している。記事による回顧であり、当時の会見原文の直接確認ではない[B5]。

始まりは延長十一回で10点に届いた試合、終わりは降雨コールドの1得点。記録の境目には、通常の九回制の試合だけでは見えない条件もあった。雨による試合中止は試合として数えないが、成立した降雨コールドは次の公式戦として連続記録を切る[B3]。

3例目の日本ハムは勝って記録を止めた

2003年5月26日の10対1で、日本ハムは巨人、ダイエーに次ぐ3例目の日本タイ記録に到達したと当時のニュース集成が伝える。翌日は3対2で勝ち、打線の二桁得点は止まっても勝利は続いた。大量点を挙げる連続と、試合に勝つ連続は別の指標である[B4][B6]。

確認範囲と資料の限界

確認日2026年10月11日。対象は日本の一軍レギュラーシーズンにおける、1球団の1試合10得点以上の連続試合数。延長の得点、引き分け、成立したコールドを含む。中止試合は数えず、オープン戦、二軍、ポストシーズン、海外リーグは対象外。歴代最大4試合と同数3例の網羅範囲は、歴代記録集の2025年終了時点の掲載範囲に従う[B1]。

2026年のNPB記録回顧ページと公開記事も検索したが、本記録の更新を確認できなかった。ただし、2026年全試合の得点を独自に再集計したものではないため、2026年終了時点の完全な網羅を保証する記述にはしない[A4]。

最終順位とチームのシーズン投打成績はNPB公式。歴代連続記録、15試合のイニング別得点、安打・失策、1951年のオーダーと個人成績は二次資料。球団別日程で試合の並びを確認したが、当時の公式スコアカードや新聞原紙との全項目照合はできていない。試合経過は確認できるイニング別得点と試合合計までとし、未確認の打席順、安打方向、具体的な走者処理、四球と死球の内訳は補わない[B2][B3][B4]。

何がすごいのか

  • 記録を分け合う3球団は、4試合でそれぞれ63点、42点、52点を挙げた[B2][B3][B4]。
  • 巨人の21得点の試合では、本塁打1本に対して17安打・14四死球。長打だけではない大量点の形が見える[B2]。
  • 記録が止まった試合は、引き分け・降雨コールド負け・勝利。二桁得点の連続と連勝は別の記録である[B2][B3][B4]。

出典