優勝と最下位のゲーム差が最も開いたシーズン

同じリーグで同じシーズンを戦っても、優勝と最下位の明暗は大きく分かれる。では、その距離が歴史上最も広がった年には、いったいどれほどのゲーム差がついたのだろうか。

一般的には?

長いペナントレースでは、首位と最下位の差が数十ゲームに広がることもある。直近の完了シーズンを例にすると、セ・リーグは26.5ゲーム差、パ・リーグは31.5ゲーム差だった。これは歴代平均ではなく、比較のための一例。ところが、過去にはこの数字を大きく上回る差がついた年がある。[2・3]

2025年セ・リーグ首位と最下位の差
26.5ゲーム

答え

優勝と最下位のゲーム差61.5ゲーム

答えは1955年のセ・リーグで、優勝した読売ジャイアンツと最下位の大洋ホエールズの差は、61.5ゲームだった。[1]

年
1955年
チーム
読売ジャイアンツ(優勝)/大洋ホエールズ(最下位)
カテゴリ
シーズン・順位

普通と比べると

2025年セ・リーグ首位と最下位の差
26.5ゲーム
最も差が開いたシーズン
61.5ゲーム

比較例より35ゲーム大きい(約2.32倍)

比較例は2025年セ・リーグの最終成績。歴代平均ではない。1955年は各130試合、2025年は各143試合で、試合数による補正はしていない。倍率は61.5÷26.5を小数第2位に丸めた。[1・2]

詳細

1955年セ・リーグ最終順位[1]
順位チーム勝敗分勝率ゲーム差
1巨人92371.713—
2中日77521.59715.0
3大阪71572.55520.5
4広島58702.45333.5
5国鉄57712.44534.5
6大洋31990.23861.5

表内の「大阪」は大阪タイガース、「国鉄」は国鉄スワローズ。球団名は1955年当時の名称。ゲーム差の単位はゲーム。

1955年のセ・リーグは、全6球団が130試合を戦った。巨人は92勝37敗1分、勝率.713。一方の大洋は31勝99敗、勝率.238だった。巨人は2位の中日にも15ゲーム差をつけているが、大洋は5位の国鉄からも27ゲーム離れていた。首位が大きく勝ち越し、最下位が大きく負け越す。その両方が重なり、リーグの端から端までの距離が広がった。[1]

ゲーム差は、勝利数の差と敗北数の差を足して2で割る。巨人と大洋の場合は、(92-31+99-37)÷2=61.5。巨人の貯金55と大洋の借金68の開き、123を半分にした数字でもある。勝ち星の差は61だが、巨人には1引き分けがあり、敗北数の差は62。そのため、ゲーム差には「0.5」がつく。[1から計算]

両チームの差は勝敗だけにとどまらない。巨人の年間得点は579、失点は291。大洋は得点290、失点578だった。巨人が奪った得点は大洋のほぼ2倍で、大洋の失点も巨人のほぼ2倍。攻守の数字まで対照的だったことが、この大差を理解する手がかりになる。[1]

ただ、大洋の歴史はこの大敗のシーズンで終わらない。5年後の1960年には70勝56敗4分でセ・リーグを制し、日本シリーズでも大毎オリオンズに4連勝して日本一になった。しかも4試合すべてが1点差。かつて歴史的な大差をつけられた球団が、今度は僅差の試合を勝ち切って頂点に立った。[4・5]

集計の範囲は、2025年までの終了済みシーズン。1937~1949年の14期(1945年は開催なし、1937・1938年は春秋別)と、1950~2025年の両リーグ152季、計166件のNPBチーム勝敗表を照合し、優勝チームと最下位の通算勝敗を通常のゲーム差式で比較した。前後期制の片方だけの成績や、プレーオフ・日本シリーズの勝敗は算入しない。1936年は大会別の方式で通算順位表と直接比較できないため対象外。2026年は含めない。[6]

何がすごいのか

  • 同じ130試合を終えた優勝と最下位に、61.5ゲーム差がついた。
  • 大洋は首位だけでなく、5位の国鉄からも27ゲーム離れていた。
  • その大洋が、5年後にはリーグ優勝と日本一を果たした。[1・4・5]

出典