NPBシーズン塁打ランキングTOP20

ヒットを何本打ったかだけでは、打撃の迫力は測れない。歴代のシーズン塁打を、長打の内訳や出場試合数、同年のライバルと比べる。

概要

NPB一軍公式戦「塁打【シーズン記録】」の2025年度終了現在の歴代順位。19位の340塁打に3記録が並ぶため、TOP20相当の21シーズンを掲載する。公式の塁打・年度・所属・出場試合・打数を中心に、年度別打撃成績、長打率、同一リーグ内での比較を加える。2026年の未反映の記録は含めない。

塁打は単打を1、二塁打を2、三塁打を3、本塁打を4として足し合わせる数字。「安打数」や「打点数」とは違い、一打で何塁分の安打を記録したかも反映する。2025年の両リーグ最多塁打はセ・リーグ311、パ・リーグ245。本記事では歴代記録を、試合数や安打の内訳、同年のライバルとの差から比較する[1][2][3]。

詳細

NPBシーズン塁打ランキングTOP20

NPB公式のシーズン塁打記録の歴代1位は1950年の小鶴誠376塁打、2位は1949年の藤村富美男366塁打、3位は2001年のローズ364塁打。同じ選手でも別シーズンは別記録とし、19位の340塁打に3件が並ぶためTOP20相当は21シーズンとなる[1]。

順位選手名所属年度塁打試合打数
1小鶴誠松竹1950376130516
2藤村富美男阪神1949366137563
3T.ローズ近鉄2001364140550
4松井稼頭央西武2002359140582
5バース阪神1985357126497
6藤村富美男阪神1950355140527
7バース阪神1986352126453
8落合博満ロッテ1985351130460
9ラミレスヤクルト2003349140567
10ラミレス巨人2010347144566
11松井秀喜巨人2002346140500
11村上宗隆ヤクルト2022346141487
13金本知憲阪神2005344146559
14松中信彦ダイエー2004342130478
14バレンティンヤクルト2013342130439
16別当薫阪神1949341137572
16西沢道夫中日1950341137562
16R.ローズ横浜1999341134521
19野村克也南海1963340150550
19王貞治巨人1964340140472
19山田哲人ヤクルト2015340143557

順位・塁打・年度・所属・出場試合・打数はNPB「塁打【シーズン記録】」の2025年度終了現在の表記に合わせた。19位タイは3件すべて載せ、1位から最下段まで同一の表にまとめている。近鉄のタフィー・ローズは「T.ローズ」、横浜のロバート・ローズは「R.ローズ」と区別した(NPB歴代表ではともに「ローズ」)[1][19][20]。

関連記事打撃最も少ない本塁打数で獲得した本塁打王本塁打王といえば、打線を支える強打者の勲章。では、最も少ない本数で決まったタイトルは、どれほどの数字だったのだろう。

歴代最多の塁打はどれくらい多いのか

◇2025年のリーグ最多と比較

2025年セ・リーグの塁打数1位は阪神・佐藤輝明の311、パ・リーグは日本ハム・レイエスの245。歴代最高の376塁打はそれぞれ65塁打、131塁打多い。割合では約1.21倍、約1.53倍になる。ただしこれは異なる年のリーグ最多同士を並べた参考比較であり、全選手の平均でも時代差を補正した能力比較でもない[1][2][3]。

比較対象塁打数記録年歴代最高との差
歴代最高3761950—
2025年 セ最多311202565
2025年 パ最多2452025131

◇上位21記録の間にも大きな差がある

公式19位タイまでの21記録を単純平均すると約349.5塁打。1位の376塁打は、この歴代上位の平均より約26.5塁打多い。上位21件の集計であって一般的なNPB打者の平均ではなく、「歴代上位の中でもどれほど抜けているか」を見るための補助比較である[1]。

塁打は安打・二塁打・本塁打とどう違うか

◇塁打の計算は単打1・二塁打2・三塁打3・本塁打4

塁打は、単打×1+二塁打×2+三塁打×3+本塁打×4で集計する。安打総数から算出する場合は「安打+二塁打+三塁打×2+本塁打×3」と同じになる。四球・盗塁・エラーによる進塁、打点や得点は塁打には加算されない。つまり打率や安打数の順位と一致しないのは記録の性質が違うためだ[4][5]。

◇1950年小鶴の376塁打はどうできているか

小鶴誠は1950年に183安打、28二塁打、6三塁打、51本塁打を記録した。これを塁打に直すと「183+28+6×2+51×3=376」。130試合での376塁打であり、1試合あたり約2.89塁打となる。この年は161打点、143得点、本塁打王と打点王、最優秀選手の記録も残した[1][4]。

◇2002年の松井稼頭央は安打と二・三塁打の積み上げが大きい

松井稼頭央の2002年は193安打、46二塁打、6三塁打、36本塁打で359塁打。「193+46+6×2+36×3=359」となる。二塁打・三塁打を含む多彩な安打の内訳が塁打を増やしている。33盗塁も記録したが、盗塁は塁打には含まれない[1][6]。

さらにこの年の松井は、二塁打46本+三塁打6本+本塁打36本=長打88本で、当時のシーズン最多長打記録を樹立した。従来の記録は1950年の小鶴誠による85長打だった。しかし総塁打は小鶴376、松井359で、小鶴が17上回る。長打の「本数」で当時の記録を更新しても、獲得した塁の合計まで上回るとは限らない[1][21]。

選手・年度安打二塁打三塁打本塁打合計塁打
小鶴誠(1950)18328651376
松井稼頭央(2002)19346636359
村上宗隆(2022)15521156346
バレンティン(2013)14517060342

塁打=安打+二塁打+三塁打×2+本塁打×3。二塁打・三塁打・本塁打はすべて安打総数に含まれているため、この式で加算するのは単打との差分だけ。各年の内訳はNPB年度別打撃成績による[4][6][9][10]。

本塁打王と塁打1位は同じではない

◇本塁打60本でも塁打では歴代14位タイ

2013年のバレンティンは60本塁打のNPBシーズン最多記録を持つが、塁打は342で歴代14位タイ。145安打のうち60本が本塁打で、4塁打としての本塁打分は240塁打、全塁打の約70.2%を占めた。同じ計算で1950年の小鶴は51本塁打による204塁打が376塁打の約54.3%。ホームランの比率だけでは総塁打の順位は決まらない[1][4][10]。

◇2022年の村上は本塁打56本・346塁打

村上宗隆は2022年に155安打・56本塁打で346塁打。打率.318、134打点で三冠王を獲得した。同年の村上は本塁打で2013年のバレンティンより4本少ないが、塁打数は346対342で4塁打多い。前者の本塁打以外の安打が、年間の総塁打を逆転させた一例である[1][9][10]。

選手・年度本塁打本塁打由来の塁打塁打合計本塁打分の割合
小鶴(1950)5120437654.3%
バレンティン(2013)6024034270.2%
村上(2022)5622434664.7%
松井稼頭央(2002)3614435940.1%

「本塁打由来の塁打」は本塁打×4で計算し、合計塁打に占める割合を小数第1位で示した記事独自の数値。単打や二・三塁打、打席機会、時代ごとの投打環境を補正した比率ではない[1][4][6][9][10]。

試合数と打数で見る年間の密度

◇130試合の376塁打と140試合の364塁打

小鶴は130試合で376塁打、2001年の近鉄・ローズは140試合で364塁打。100試合換算ではそれぞれ約289.2塁打、約260.0塁打に相当する。2001年のローズは180安打・55本塁打でパ・リーグMVPに選ばれ、チームもリーグ優勝している。単に出場試合数が多ければ塁打が伸びるわけではない[1][4][5]。

選手・年度塁打出場試合100試合換算打数
小鶴(1950)376130289.2516
藤村(1949)366137267.2563
ローズ(2001)364140260.0550
バース(1985)357126283.3497
バース(1986)352126279.4453
村上(2022)346141245.4487
バレンティン(2013)342130263.1439

「100試合換算」はそのシーズンの塁打÷出場試合×100で算出し、小数第1位で表示。シーズンのチーム試合数や打席数、途中交代、球場・年度の違いは補正していない。公式順位は合計塁打だけで決まる[1]。

◇総数と長打率は別の順位になる

長打率は塁打÷打数で、同じ塁打でも打数が少なければ数値は上がる。バースは1985年に357塁打・497打数で長打率.718、1986年は352塁打・453打数で.777。総塁打は1985年の方が5多いが、長打率は1986年が高い。歴代長打率順位とシーズン塁打順位は別の尺度である[1][7][8][16]。

選手・年度塁打打数長打率
バース(1985)357497.718
バース(1986)352453.777
村上(2022)346487.710
バレンティン(2013)342439.779
小鶴(1950)376516.729

長打率=塁打÷打数。NPBの公式成績を優先して小数第3位まで表示。試合数・打数に左右される合計塁打とは異なり、打数に対する塁打の比率を示す[4][7][8][9][10][16]。

同じ年のリーグ2位との差で見る突出度

◇2022年の2位には88塁打差

2022年セ・リーグは村上宗隆が346塁打で1位、2位は佐野恵太と牧秀悟が258塁打で並び、差は88塁打だった。2015年セ・リーグは山田哲人340塁打に対し2位筒香嘉智259塁打で81差。歴代順位では下位の塁打数でも、同じリーグの中で非常に突出しているケースがある[11][17]。

◇2013年は36塁打差、2025年には57塁打差

2013年セ・リーグのバレンティン342塁打と2位ブランコ306塁打の差は36。2025年のセ・リーグは佐藤輝明311塁打に対し2位森下翔太254塁打で57差、パ・リーグはレイエス245塁打に対し2位ネビン228塁打で17差だった。年やリーグによって上位争いの差は変わり、「歴代に何塁打か」と「その年にどれほど抜きんでたか」は分けて考えたい[2][3][10][18]。

年度・リーグ最多塁打2位差
2022年 セ村上 346佐野/牧 25888
2015年 セ山田 340筒香 25981
2013年 セバレンティン 342ブランコ 30636
2025年 セ佐藤 311森下 25457
2025年 パレイエス 245ネビン 22817

各年の同一リーグ内の最多塁打と2位を比較。2015年・2013年などの記録は歴代順位と直接対応するが、2025年は近年の参考。2022年2位は佐野恵太と牧秀悟の同順位である[2][3][11][17][18]。

複数シーズンで上位に残った選手

◇藤村・バース・ラミレスが2度ずつ

歴代21シーズンに名前が載るのは18選手。藤村富美男は1949年366塁打と1950年355塁打、バースは1985年357塁打と1986年352塁打、ラミレスは2003年349塁打と2010年347塁打で、それぞれ2度登場する。一方「ローズ」は2001年近鉄のタフィー・ローズ(T.ローズ)と1999年横浜のロバート・ローズ(R.ローズ)で、別々の選手である。NPBの歴代表では両者とも「ローズ」と記されるため、人数集計では区別した[1][19][20]。

◇1985年は両リーグで歴代級の塁打

1985年のバースは357塁打・54本塁打・打率.350でセ・リーグ三冠王となり、阪神はリーグ優勝。一方、同年パ・リーグで落合博満は351塁打・52本塁打・打率.367で三冠王となった。両リーグで同年に歴代TOP20級の塁打数が生まれた例である[1][7][15]。

◇2004年の松中は三冠王で342塁打

2004年の松中信彦は打率.358・44本塁打・120打点でパ・リーグ三冠王となり、塁打は342で歴代14位タイ。年度の打撃三部門タイトルを独占したシーズンも、塁打という別の指標では歴代順位が変わる[1][12]。

◇1950年はチーム全体でも大量得点

1950年の松竹ロビンスは137試合で908得点、チーム本塁打179本を記録し、98勝35敗4分でリーグ優勝した。小鶴個人は130試合で376塁打に加えて143得点、161打点を残した。高い塁打数の背景には、当時のチーム全体の攻撃力という文脈もあるが、異なる年代の野球環境との単純比較は避けたい[4]。

このランキングで分かること

シーズン塁打は、安打数の多さと、二塁打・三塁打・本塁打でどれだけ多くの塁を獲得したかを同時に示す。小鶴の376塁打は130試合の中で作られ、松井稼頭央は二・三塁打を含む多彩な安打で上位に入った。一方、本塁打歴代最高のバレンティンは総塁打では14位タイ、村上は同年リーグ2位に大差をつけている。塁打の合計・試合あたりの密度・長打率・本塁打の割合は、それぞれ別の見方として読む必要がある。

◇集計条件と注意

NPB公式「塁打【シーズン記録】」の2025年度終了時点の歴代順位を採用し、19位タイの3記録を含む21シーズンを掲載。シーズン塁打は安打の種類による合計値で、走者の進塁・盗塁・四球・打点は含まない。「100試合換算」「本塁打分の割合」「TOP21平均」「同年2位との差」は記事独自計算・比較。2026年の途中経過は反映していない。資料確認日:2026年10月9日[1]。

何がすごいのか

  • 歴代1位は1950年の376塁打。2025年のセ・リーグ最多311塁打、パ・リーグ最多245塁打よりそれぞれ65・131塁打多い。
  • 60本塁打を打った2013年のバレンティンは342塁打で歴代14位タイ。56本塁打の2022年村上は346塁打と上回る。
  • 19位の340塁打に3シーズンが並ぶため、TOP20相当は21記録。上位には本塁打集中型と二・三塁打積み上げ型が混在する。

出典