記録の歴史
NPB通算セーブランキングTOP20
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試合のリードを守り切る救援投手のセーブ。歴代の名ストッパーは何回積み重ねたのか。登板頻度や年間記録、時代背景まで比較する。
概要
NPB一軍公式戦の通算セーブ。NPB公式の2026年度シーズン終了時点の上位20投手を対象に、同順位を含める。実働期間と登板数は公式通算ランキングに従う。シーズン記録、2025・2026年のリーグ最多、1974年の制度導入、現役記録の比較を加える。二軍・MLB・ポストシーズンのセーブは通算に含めない。
セーブは、救援投手が決められた条件でリードを守って勝ち試合を終えたときの記録で、登板しただけでは増えない。通算数は投球能力に加え、抑えを任された期間やセーブ機会の多さにも左右される。この記事では公式順位に登板数あたりの頻度を重ね、年間記録と制度の変遷を調べる[1][8]。
詳細
NPB通算セーブランキングTOP20
NPB公式の通算セーブ順位では、岩瀬仁紀が407セーブで1位。2位の高津臣吾286セーブに121差をつける。2026年にはマルティネスが254セーブで3位となり、5位には平野佳寿と益田直也が250セーブで並んだ。TOP20は20位まで同順位を含めて20人を掲載する[1]。
順位、セーブ、登板、実働期間はNPB公式の2026年度シーズン終了時点の記録。セーブ/100登板=通算セーブ÷通算登板×100。先発やセットアッパーとしての登板、セーブ機会がない試合も分母に含むため、セーブ成功率ではない。5位は同順位。★は歴代1位[1]。
関連記事投手1球も投げずにセーブを記録した投手投手が打者に1球も投げないのに、セーブがつくことはあるのか。実は、マウンドに立ちながら一度も打者と対戦せず、試合を締めた投手がいる。歴代首位の突出度と250セーブの壁
1位の407セーブは2位の286より121多く、比率では約1.42倍。TOP20の通算セーブを単純平均すると約221.2セーブで、1位はその約1.84倍にあたる。300セーブ以上は岩瀬ただ1人で、250セーブ以上の達成者は6人。20位の139セーブと首位の差は268に達する[1]。
TOP20平均=掲載20人のセーブ合計÷20。プロ野球の全投手を対象とした平均ではない。250セーブ達成者は2026年終了時点におけるNPB公式記録に基づく[1][14]。
登板数で割ると、順位が大きく変わる
◇投げた試合の多さと、抑えを任された割合は別
岩瀬仁紀は1,002登板で407セーブと通算数で圧倒する。一方、マルティネスは418登板で254セーブ、佐々木主浩は439登板で252セーブ。単純に100登板あたりに換算するとマルティネス約60.8、佐々木約57.4、岩瀬約40.6と並びが変わる。長く中継ぎとして登板した時期がある投手と、抑え起用が中心だった投手の違いが表れる[1][11][13]。
この表は「通算セーブ数TOP11の投手」を100登板あたりの数字で並べ替えたもの。歴代全投手からの頻度順位ではない。セーブ機会そのものは数えておらず、数値が高いほど成功率が高いとは限らない[1]。
◇最多登板と最多セーブを両方持つ岩瀬
岩瀬の1,002登板はNPBの投手通算登板でも歴代最多。1999年の入団から中継ぎを務め、2004年に抑えへ移った後、11年連続で20セーブ以上を記録した。登板記録を積み上げた長さと、守護神として任され続けた期間の両方が407セーブにつながっている[1][11]。
2026年に生まれた2人の250セーブ達成者
◇益田直也は先発経験なしで通算250セーブ
2026年8月4日、益田直也はロッテ対西武戦で通算250セーブを達成し、史上5人目となった。NPB公式によれば795登板目での達成で、先発登板を経験せず250セーブに到達した初めての投手でもある。シーズン終了時点では250セーブ、809登板で歴代5位タイ。抑え以外の救援登板も積み重ねた長寿型である[1][15]。
◇マルティネスは外国籍投手初の250セーブ
2026年9月10日の巨人対中日戦で、マルティネスは通算250セーブを達成。史上6人目で外国籍投手では初の大台だった。NPB公式のコラムによれば、相手は前年まで所属した中日で、9回をわずか5球の三者凡退で締めた。2026年のセ・リーグ最多42セーブを記録し、通算254セーブで歴代3位に入った[1][4][16]。
到達日と達成時点の順番・特徴はNPB公式の達成記録およびコラムによる。シーズン最終通算値とは異なる[14][15][16]。
シーズン最多54セーブと、2025・2026年の最多
◇サファテは通算10位だが年間記録では1位
サファテはNPB通算234セーブで10位だが、2017年にはソフトバンクで54セーブを記録し、シーズン歴代最多となった。同年は66登板で54セーブ、防御率1.09。54セーブは同年パ・リーグ2位の松井裕樹33セーブを21上回り、投手としてリーグMVPも受賞した。通算とシーズンの上位が一致しない代表例である[1][3][17][18]。
◇2025年は46セーブが2人、2026年はセ42・パ35
2025年のセ・リーグは巨人のマルティネスと中日の松山晋也が46セーブで並び、当時のシーズン歴代2位タイに入った。2026年はセ・リーグがマルティネス42セーブ、パ・リーグはマチャド・横山陸人・杉山一樹の3人が35セーブで並んだ。年間上位を数度積み重ねても、通算最多の407セーブには長期間の抑え起用が必要になる[3][4][5][6][7]。
シーズン歴代表はNPB公式の2025年シーズン終了時点の掲載に準拠。2026年のリーグ最多は2026年度リーダーズを別途確認した。年間のセーブはチームの勝利試合数や登板時点の得点差にも左右される[3][4][5][6][7]。
1974年から始まったセーブ記録の歴史
◇1973年以前の投手はセーブが記録されていない
NPBでセーブが公式記録となったのは1974年。したがって、先発と救援を兼ねて活躍した投手でも1973年以前の救援登板にセーブをさかのぼって付けることはない。通算セーブランキングは、全時代の全投手を同じ条件で比べた記録ではなく、1974年以降の公式記録という境界を持っている[3][10]。
◇記録導入当初は、今と異なる特殊なセーブもあった
NPB公式記録員による回顧では、1974年に高橋直樹が同一試合で勝利投手とセーブ投手になった事例を紹介している。当時の規則には両方を同じ投手に与えないという規定がなく、翌1975年に禁止が明記された。また、創設初期には現在の「最後まで投げ切る」形式とは異なる中継ぎセーブも存在した。記録名は同じでも付与条件の歴史に違いがある[10]。
◇現在のセーブとホールドは別の記録
現在のセーブは、勝利した試合の最後を投げ切った救援投手で、勝利投手ではなく、点差や投球回など所定の条件を満たした場合に記録される。ホールドは別の救援登板に与えられる記録で、2005年にはホールドの扱いと最多セーブ投手賞の表彰基準が変更された。「セーブ+救援勝利」である旧セーブポイントと、通算セーブ数も混同できない[8][9]。
ランキング上位の守護神たち
◇高津臣吾はMLB挑戦を挟んで286セーブ
高津はヤクルトで抑えを務め、2003年に当時の通算最多セーブ記録を更新した。MLBホワイトソックスでも2004年に19セーブを挙げ、2006年にヤクルトへ復帰。日米通算は313セーブと野球殿堂博物館が紹介するが、NPB歴代表は日本での286セーブだけを数え、歴代2位としている[1][12]。
◇佐々木主浩はNPB252セーブ、MLBで129セーブ
佐々木は1998年に横浜で45セーブを挙げ、日本一を達成したチームの抑えとしてMVPに選ばれた。2000年にマリナーズへ移籍し、MLBでは129セーブを記録。日米通算381セーブだが、NPBの通算順位は日本での252セーブによる4位であり、移籍前後のMLB記録は足さない[1][13]。
◇藤川球児は通算243セーブ、2007年には46
藤川は通算782登板、243セーブで8位。2007年に46セーブを挙げてシーズン歴代2位タイとなった。通算セーブの頻度は約31.1回/100登板だが、この分母にはセットアッパー時代やセーブ機会以外の登板も含まれる。投手の役割の変化が数字に表れる例である[1][3]。
◇江夏豊は先発・救援の役割が変わる時代に193セーブ
江夏豊は1967年に阪神でプロ入りし、1984年までの通算829登板で193セーブを記録した。公式通算登板記録とセーブ記録を並べると、登板数はTOP20の中でも多い一方、セーブは13位。先発投手として登板していた期間と救援での起用が重なった、救援記録黎明期の投手である[1][10]。
◇松井裕樹はNPB236セーブで9位、MLB記録は別
松井裕樹は2014~2023年の楽天時代にNPB通算236セーブを記録し、歴代9位に入る。2024年以降のMLBでの成績はNPB公式のこのランキングには加えない。佐々木・高津と同様、国をまたいだ選手では比較対象の範囲をそろえる必要がある[1]。
◇平野佳寿は250、山﨑康晃は246
平野は2026年終了時点で250セーブの5位タイ。山﨑康晃は246セーブで7位と、大台まで4に迫っている。公式記録上では両者の通算登板数は平野703、山﨑586。今後の登板・役割によって通算順位が変動する可能性があるが、2026年終了時点の確定記録と将来の見込みは分けて読む必要がある[1][2]。
このランキングから分かること
通算セーブは、単に長く投げた順でも、毎年の最多セーブの回数順でもない。岩瀬のように最多登板と長期抑え起用を両立した投手、佐々木・マルティネスのように限られた登板の中で多くのセーブを積む投手、シーズン54セーブを残したサファテ、制度の初期から活躍した江夏など、積み上げ方は多様である。セーブという制度自体が1974年に始まったことも、歴代順位を読み解く重要な前提になる。
集計条件:NPB一軍公式戦の通算セーブ。2026年度シーズン終了時点のNPB公式「セーブ【通算記録】」上位20人に準拠。5位は同順位。セーブ/100登板=通算セーブ÷通算登板×100でありセーブ成功率ではない。シーズン歴代表は2025年度終了時点、2026年の年間比較は別途同年度リーダーズを使用。海外・二軍・ポストシーズンは除外。確認日:2026年10月9日。