詳細
1979年7月13日 日本ハム対南海 後楽園球場
この試合は開始前に中止となった。理由は南海の用具未着であり、試合を始めてから打ち切ったノーゲームではない。日刊スポーツは、南海が前日に日生球場で試合を行い、道具が大阪から届かなかったと説明している[2]。
◇発端は球場から離れたトンネルの火災
7月11日、東名高速道路の日本坂トンネルで追突事故をきっかけに火災が発生した。NEXCO中日本グループの交通管理会社による回顧では、延焼した車両は計173台、死者は7人。中止の背景には、この重大事故による道路交通への影響があった[3]。
◇迂回しても用具が間に合わなかった
週刊ベースボールの回顧記事によると、南海の用具車は中央道へ迂回したものの、渋滞に巻き込まれ、試合開始に間に合わなかった。球場自体の不具合ではなく、競技に必要な荷物の輸送が滞ったことが中止につながった[1]。
◇同じ時期に出発した別球団の荷物車は到着
同記事では、西宮で阪急と対戦した西武の荷物車が、南海とほぼ同時刻に出発し、さらに迂回しながら午後2時半過ぎに所沢へ到着したと紹介されている。ただし、詳しい経路や各地点の通過時刻は示されていない。南海の経路選択が誤りだったとまでは断定できない[1]。
◇翌日は雨で中止
週刊ベースボールの回顧では、用具がようやく到着した翌日の試合も雨で中止になった。南海の藤原満は、苦労して運んだ運転手を気遣ったという。事故の余波による中止と翌日の雨天中止を区別すると、用具を届けるまでの負担と、届いても開催できない巡り合わせが見えてくる[1]。
別の回顧記事は、中止当日に球場へ来た約3,000人の観客に日本ハムがハムを配ったと紹介している。試合が始まらなくても、主催側には払い戻しや来場者への対応が必要だった[4]。
用具車の到着について、週刊ベースボールは「深夜」、毎日新聞の翌日朝刊を参照したマイナビの記事は「午後8時10分」と記す。到着場所や時刻の定義を含め、この差は確認できていないため、本記事では到着時刻を確定しない[1][4]。
◇なぜ球場外の出来事で開催できなくなるのか
今回の事例は、開催の条件がグラウンドの状態だけではないことを示している。用具車が移動の途中で足止めされると、球場が使えても予定通りに試合を始められない。これは確認した経緯からの考察であり、当日の球団や審判の判断手順、代替用具の検討状況まで資料が明らかにしているわけではない。
◇後年にも起きた用具未着の中止
2018年7月6日には、ナゴヤドームの中日―ヤクルト戦も用具未着で中止になった。選手は前日に名古屋へ移動していたが、用具車は広島からの移動中に豪雨による交通障害で足止めされた。日刊スポーツは、この中止を用具車未着による史上2度目と報じ、1979年の南海の例を紹介した[2]。
2018年の例は遠方の豪雨が発端のため、天候の影響を完全に除外した事例ではない。本シリーズの第2回の答えには含めず、同じ「用具未着」が起きた参考例とする。
確認範囲と資料上の限界
確認日は2026年10月13日。対象は1979年7月13日の開催予定試合。中止日・対戦・球場・用具未着は複数の報道で照合した。迂回、西武の荷物車、藤原満の反応は週刊ベースボールの回顧に基づく。マイナビは前日の球場を大阪球場とするが、日刊スポーツは日生球場とするため、本文は後者に従い、相違を残す[1][2][4]。
マイナビは中止決定を午後5時30分とし、当時の連盟規則の適用を紹介しているが、新聞原紙と規則原文は今回直接確認できていない。決定時刻と条文は確定情報として採用しない。用具車の全経路、振替試合の特定、代替用具の検討状況も未確認。開始前中止なので、スコアボードや打撃結果を作らない。1979年の開催経緯を裏付ける球団・NPBの当日発表は確認できず、野球の開催経緯は報道による回顧、火災の発生日と被害は道路管理会社の資料を根拠とする[1][2][3][4]。