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◇防御率1位でも勝利数は伸びなかった
金田は23試合に登板し、140回2/3で自責点39。防御率2.50はリーグ1位だった。一方、9敗と4勝のほかに、勝敗が付かなかった登板も10試合ある。防御率の順位と勝利数の順位が大きく離れたシーズンだった[1][2]。
| 少勝利順位 | 年 | リーグ | 選手名 | 球団 | 勝 | 敗 | 防御率 | 同年最多勝の勝利数 | 同年最多勝投手 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2002 | パ | 金田政彦 | オリックス | 4 | 9 | 2.50 | 17 | パウエル |
| 2 | 1982 | セ | 斉藤明夫 | 大洋 | 5 | 6 | 2.07 | 20 | 北別府学 |
| 3 | 1964 | パ | 妻島芳郎 | 東京 | 6 | 5 | 2.15 | 30 | 小山正明 |
| 3 | 1983 | セ | 福間納 | 阪神 | 6 | 4 | 2.62 | 18 | 遠藤一彦 |
| 3 | 1988 | パ | 河野博文 | 日本ハム | 6 | 5 | 2.38 | 15 | 渡辺久信/西崎幸広/松浦宏明 |
| 6 | 1972 | セ | 安田猛 | ヤクルト | 7 | 5 | 2.08 | 26 | 堀内恒夫 |
| 6 | 1974 | パ | 佐藤道郎 | 南海 | 7 | 8 | 1.91 | 16 | 金田留広 |
| 6 | 1976 | セ | 鈴木孝政 | 中日 | 7 | 8 | 2.98 | 20 | 池谷公二郎 |
| 6 | 1979 | パ | 山口哲治 | 近鉄 | 7 | 7 | 2.49 | 21 | 山田久志 |
| 6 | 1989 | パ | 村田兆治 | ロッテ | 7 | 9 | 2.50 | 19 | 阿波野秀幸 |
| 11 | 1982 | パ | 高橋里志 | 日本ハム | 8 | 5 | 1.84 | 20 | 工藤幹夫 |
| 11 | 1985 | パ | 工藤公康 | 西武 | 8 | 3 | 2.76 | 21 | 佐藤義則 |
| 11 | 1994 | セ | 郭源治 | 中日 | 8 | 7 | 2.45 | 19 | 山本昌広 |
| 11 | 1998 | パ | 金村暁 | 日本ハム | 8 | 8 | 2.73 | 13 | 西口文也/武田一浩/黒木知宏 |
| 11 | 2000 | パ | 戎信行 | オリックス | 8 | 2 | 3.27 | 14 | 松坂大輔 |
| 11 | 2009 | セ | チェン | 中日 | 8 | 4 | 1.54 | 16 | 吉見一起/館山昌平 |
| 11 | 2019 | パ | 山本由伸 | オリックス | 8 | 6 | 1.95 | 15 | 有原航平 |
| 18 | 1967 | セ | 権藤正利 | 阪神 | 9 | 6 | 1.40 | 29 | 小川健太郎 |
| 18 | 1975 | パ | 村田兆治 | ロッテ | 9 | 12 | 2.20 | 23 | 東尾修 |
| 18 | 1997 | セ | 大野豊 | 広島 | 9 | 6 | 2.85 | 18 | 山本昌 |
| 18 | 2016 | セ | 菅野智之 | 巨人 | 9 | 6 | 2.01 | 16 | 野村祐輔 |
| 18 | 2019 | セ | 大野雄大 | 中日 | 9 | 8 | 2.58 | 15 | 山口俊 |
1950~2026年の最優秀防御率獲得者のうち、10勝未満の全22件。勝利数の昇順。同じ勝利数は同順位。最多勝の列は同じ年・同じリーグで比較し、同時受賞者は全員掲載。球団名は当時の略称で、金村の名前は公式年度別成績の表記に合わせた。新しい球団名への置き換えは行っていない[3][16]。
| 選手名 | 球団 | 防御率順位 | 防御率 | 登板 | 勝 | 敗 | 投球回 | 自責点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 金田政彦 | オリックス | 1 | 2.50 | 23 | 4 | 9 | 140 2/3 | 39 |
| 具臺晟 | オリックス | 2 | 2.52 | 22 | 5 | 7 | 146 1/3 | 41 |
| パウエル | 近鉄 | 12 | 3.78 | 32 | 17 | 10 | 216 2/3 | 91 |
金田と具の合計は9勝16敗。パウエルは金田より13勝多かった。防御率の差だけでは勝利数の差を説明できない。パウエルの属した近鉄は598得点で、オリックスの438得点より160点多い。ただし、球団得点の差をそのまま個人の援護の差や勝利数の差に換算することはできない[1][2][5][13][17]。
| 順位 | 球団 | 試合 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | ゲーム差 | 打率 | 本塁打 | 得点 | 防御率 | 失点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 西武 | 140 | 90 | 49 | 1 | .647 | -- | .278 | 183 | 672 | 3.20 | 492 |
| 2 | 近鉄 | 140 | 73 | 65 | 2 | .529 | 16.5 | .258 | 177 | 598 | 3.93 | 592 |
| 3 | ダイエー | 140 | 73 | 65 | 2 | .529 | 16.5 | .267 | 160 | 630 | 3.856107 | 578 |
| 4 | ロッテ | 140 | 67 | 72 | 1 | .482 | 23.0 | .2466 | 101 | 500 | 3.72 | 565 |
| 5 | 日本ハム | 140 | 61 | 76 | 3 | .445 | 28.0 | .2469 | 146 | 506 | 3.856105 | 570 |
| 6 | オリックス | 140 | 50 | 87 | 3 | .365 | 39.0 | .235 | 102 | 438 | 3.58 | 547 |
近鉄とダイエーは同じ73勝65敗2分だが、公式の最終順位に従った。チーム防御率の長い表示桁は日本ハム3.856105、ダイエー3.856107を公式のまま残した。得点と失点は自責点だけの数字ではない[1]。
| 比較対象 | 年間得点 | 試合 | 1試合当たり得点 |
|---|---|---|---|
| オリックス | 438 | 140 | 3.13 |
| パ6球団平均 | 557.33 | 140 | 3.98 |
6球団の合計得点3344÷6=557.33点。オリックスは平均より年間119.33点、1試合当たり約0.85点少なかった。これはチームの攻撃環境を示す参考比較で、冒頭の最優秀防御率投手の平均勝利数とは別の計算である[1]。
| 選手名 | 試合 | 打席 | 打数 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | 打率 | 出塁率 | 長打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 谷佳知 | 138 | 579 | 524 | 171 | 5 | 39 | 41 | .326 | .383 | .418 |
| S.シェルドン | 129 | 500 | 450 | 115 | 26 | 59 | 4 | .256 | .322 | .496 |
| 大島公一 | 116 | 454 | 374 | 86 | 1 | 25 | 13 | .230 | .315 | .270 |
| 塩崎真 | 113 | 425 | 389 | 79 | 2 | 20 | 3 | .203 | .228 | .252 |
| 進藤達哉 | 121 | 392 | 356 | 80 | 5 | 29 | 4 | .225 | .275 | .306 |
| 日高剛 | 124 | 377 | 336 | 65 | 12 | 36 | 1 | .193 | .264 | .354 |
| F.セギノール | 89 | 326 | 280 | 57 | 23 | 47 | 1 | .204 | .316 | .479 |
| 塩谷和彦 | 99 | 301 | 274 | 63 | 5 | 20 | 2 | .230 | .280 | .339 |
| 葛城育郎 | 74 | 246 | 222 | 49 | 1 | 12 | 0 | .221 | .273 | .288 |
| 五島裕二 | 74 | 246 | 218 | 54 | 7 | 31 | 1 | .248 | .318 | .394 |
200打席以上の野手全10人を打席数の多い順に掲載。規定打席到達者だけの表ではない。選手名のS.シェルドン、F.セギノールは参照資料の表記。打率・出塁率・長打率を独立した列にした[4]。
谷は打率.326、41盗塁で盗塁王となった。一方、主に出場した野手には打率2割前後の選手が多い。シェルドンとセギノールには長打があったが、打線全体では安打を継続して重ねる厚みが足りなかったと考えられる。特定の打順や監督の方針を原因と断定するのではなく、個人成績と球団の438得点が示す範囲での評価である[1][4]。
| 日付 | 対戦相手 | 球場 | チームの結果 | 金田の投球回 | 金田の自責点 | 金田の勝敗 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 4月10日 | 西武 | 西武ドーム | 0-2 敗戦 | 7 | 2 | 敗戦投手 |
| 6月23日 | 西武 | 西武ドーム | 4-1 勝利 | 8 | 1 | 勝利投手 |
| 7月19日 | ダイエー | 福岡ドーム | 17-0 勝利 | 9 | 0 | 勝利投手 |
| 8月14日 | 近鉄 | グリーンスタジアム神戸 | 0-2 敗戦 | 7 | 1 | 敗戦投手 |
全て2002年。勝利投手・敗戦投手になった登板から、打線の違いが分かる4試合を抽出した例示であり、23登板全体を代表する標本ではない。チームの得点は試合終了時の総得点で、降板時点までの援護点を意味しない。自責点と失点を区別する[6][7][8][9]。
4月10日は7回2自責点だったが、打線は2安打で無得点。8月14日は7回1自責点で、打線も9安打を放ったが得点には結び付かなかった。抑えても勝てない理由は、年間の打率だけでなく、このような登板日の得点の欠如にも表れている[6][7]。
一方、7月19日の打線は17点を取り、金田は4安打完封で4勝目を挙げた。この試合は、年間438得点の打線が常に沈黙したわけではないことも示す。大量得点した試合が1試合あっても、その援護を別の登板日に移して勝ち星を増やすことはできない[8]。
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金田の防御率は、自責点39×9÷(140+2/3)=約2.4953で、公式表示は2.50。投球内容の良さを評価する指標であり、相手投手との比較や味方の得点のタイミングは含まない。4勝9敗という勝敗と、最優秀防御率という評価は矛盾しない[2]。
ただし、4勝の理由を全て打線へ帰することもできない。金田は23登板・140回2/3で、1登板平均約6.12回。勝利を付けるには自分が投げている間の得点、降板時の状況、その後の試合経過も関係する。今回確認した例からは得点不足を具体的に示せるが、救援陣によって何勝分が消えたか、故障が何勝分を減らしたかまでは算定していない[2][6][7]。
◇同じ少勝利でも先発と救援では事情が違う
歴代の少勝利には、救援中心の投手も含まれる。ランキング2位の1982年・斉藤明夫は5勝に加えて30セーブを挙げた。勝利数だけを見て「チームへ貢献できなかった」と読むことはできない。最優秀防御率の資格を得るだけの投球回を重ねた救援投手と、先発投手の金田とでは、勝ち星を得る機会の構造も異なる[16]。
◇優勝の決定試合でも勝利投手になった左腕
金田は勝てなかった投手という一面だけで語られる選手ではない。本人を取材した西部ガスの2019年の記事は、1996年のリーグ優勝を決めた試合で勝利投手になったことや、2002年に2度目のオールスター出場を果たしたことも紹介している。自身の年間最多勝利数は1999年の11勝だった。4勝のシーズンは、その投手としての歩みの中にある[2][10]。
引退後の取材では、仕事と少年野球の指導を両立し、仰木彬監督から学んだ切り替えの大切さを語っていた。これは2019年時点の本人の証言として紹介し、2002年の勝利数が少なかった原因の証言とは区別する[10]。
◇投手力と得点力の差
オリックスは50勝87敗3分、首位と39ゲーム差の最下位だった。しかし、チーム防御率3.58と547失点はともにリーグ2位。投手陣全体がリーグ最悪だったために敗れ続けた、という成績ではない。打線は打率.235、438得点で最下位だった。勝ち星が伸びなかった背景を考えるうえで、この得点力不足が大きな手掛かりになる[1]。
同じチームの具臺晟も防御率2.52で2位に入りながら5勝7敗。対照的に、最多勝のパウエルは近鉄で17勝を挙げた。個人の自責点を抑えることと、チームの勝利を自分の勝ち星へ結び付けることは、異なる条件を含んでいる[1][5][13]。
集計の対象と読み方
対象は2リーグ制が始まった1950年から2026年まで。NPB年度別成績の「リーグ・リーダーズ」に最優秀防御率として掲載された投手を取り出し、同じ年の個人成績から勝利数を集計した。歴史上の資格・規定は当時のタイトル判定に従い、現在の規定を遡って適用しない。1951年パ・リーグは、個人成績表の防御率順位1位を機械的に選ぶのではなく、公式にタイトル獲得者として掲載された柚木進を採用した[3][14]。
少勝利ランキングは、勝利数の少ない順に10勝未満の全22件を掲載。同じ勝利数は同順位とし、同順位内は年の古い順。同年の最多勝は、その投手と同じリーグの最終勝利数と受賞者を示した。2リーグ制以降にも試合数や先発・救援の使われ方に差はあり、平均値は「同じ条件なら何勝するはず」という期待値ではない[3]。
試合の例と野手の全成績は専門記録サイトを使用し、金田の年間投球成績、球団の合計勝敗・得点・安打・本塁打などをNPB公式記録と照合した。個別試合の投手表には「失」欄が0と表示される箇所があり、スコアと整合しないため使用しない。試合の投球内容は投球回と自責点を示し、失点とは区別した。チーム全体の年間得点を金田個人の援護率とみなす計算も行わない[1][2][4][6][7]。
1994年の郭源治の防御率は、参照したNPB年度別成績・個人年度別成績の2.45に統一した。回顧記事に2.46という表記もあるが、今回の勝利数の集計には影響しない。資料確認日:2026年10月13日[5][15]。