無冠のシーズンMVP ①

主要タイトルの頂点に立たなくても、リーグで最も価値ある選手に選ばれることがある。成績と優勝への働きから、無冠のMVPを追っていく。

概要

日本プロ野球のシーズンMVP受賞者から、同じ年に主要な成績部門のタイトルを獲得していない選手を取り上げる。通算タイトルの有無とは区別する。

首位打者、本塁打王、打点王などは特定の成績で競う。一方、MVPは記者投票で決まる総合的な表彰であり、成績タイトルの受賞が必須条件ではない。シリーズでは一記事につき一人を取り上げ、部門上位の選手と比べながら、選出の背景を考える[A1][A2]。

おすすめ打撃最も少ない打数で打撃タイトルを獲得した選手累積タイトルの獲得には、その機会の多さがものを言う。しかし、プロ野球には打席にほとんど立たずに頂点へ届く道もある。

詳細

◇第1回の主役

2016年、広島東洋カープの新井貴浩。39歳、プロ18年目で初のセ・リーグMVPに選ばれた。132試合で打率.300、19本塁打、101打点。打点はリーグ3位だったが、打撃部門のタイトルは一つも獲得していない[A1][A4][B1]。

ここでいう「無冠」は、MVPを受賞した年に主要な成績部門のタイトルを獲得していない、という意味である。野手は首位打者・最多安打・最多本塁打・最多打点・最高出塁率・最多盗塁の6部門を対象とする。ベストナイン、ゴールデン・グラブ、月間MVPなどの選考賞は含めない。新井は同年、一塁手のベストナインを受賞しており、「ほかの表彰を一切受けなかった」という意味の無冠ではない[A1]。

◇復帰2年目に取り戻した主軸の数字

阪神での最終年となった2014年は94試合、3本塁打、31打点。広島へ戻った2015年は7本塁打、57打点だった。翌2016年は本塁打が12本増え、打点は44増。過去の実績を称えるだけの受賞ではなく、その年の公式戦で再び主軸として結果を出したシーズンだった[A4]。

年選手名球団試合打席打数安打本塁打打点四球三振盗塁打率出塁率長打率OPS
2014新井貴浩阪神941941764333115330.244.309.3300.639
2015新井貴浩広島東洋12548042611775748733.275.348.3850.733
2016新井貴浩広島東洋13251345413619101541010.300.372.4850.857

NPB公式の年度別打撃成績[A4]。OPSは公式表示の出塁率+長打率から計算した参考値。各項目を独立した列にしている。

◇タイトル争いではどの位置にいたのか

新井の101打点は、打点王の筒香嘉智110に9点差、2位の山田哲人102には1点差。優勝チームの中では最多だった。一方、打率はリーグ9位で、首位打者の坂本勇人.344との差は.044。本塁打は19で、筒香の44とは25本差があった。各部門の頂点に届かなかったことと、好成績ではなかったことは同じではない[A3][A5][A7]。

◇打率

順位選手名球団打率
1坂本勇人巨人.344
2鈴木誠也広島.335
3筒香嘉智DeNA.322

首位打者の対象は規定打席以上。新井は.300で9位[A3][A5]。

◇本塁打

順位選手名球団本塁打
1筒香嘉智DeNA44
2山田哲人ヤクルト38
3ロペスDeNA34

新井は19本。規定打席の到達にかかわらない本塁打数での順位[A3][A4]。

◇打点

順位選手名球団打点
1筒香嘉智DeNA110
2山田哲人ヤクルト102
3新井貴浩広島101

新井はリーグ3位、広島では最多[A3][A7]。

◇安打

順位選手名球団安打
1菊池涼介広島181
2大島洋平中日175
3坂本勇人巨人168

新井は136安打。最多安打は規定打席の到達にかかわらず比較する[A3][A4]。

◇出塁率

順位選手名球団出塁率
1坂本勇人巨人.433
2筒香嘉智DeNA.430
3山田哲人ヤクルト.425

最高出塁率の対象は規定打席以上。新井は.372[A3][A4]。

主要打撃6部門のうち、打者として比較しやすい5部門のトップ3を掲載した。残る最多盗塁は山田哲人の30盗塁で、新井は0盗塁だった。首位打者・最高出塁率は規定打席以上、安打・本塁打・打点は全選手が対象[A1][A3][A4]。

◇25年ぶりの優勝を支えたチーム

広島は89勝52敗2分、勝率.631。2位巨人に17.5ゲーム差をつけて、1991年以来25年ぶりのリーグ優勝を果たした。チーム打率.272、684得点、防御率3.20はすべてリーグ1位。新井だけの力で勝ったチームではなく、投打の総合力が高い集団の中で誰をMVPとするかが問われた[A6][A8]。

順位チーム名試合勝利敗北引分勝率ゲーム差打率本塁打得点防御率失点
1広島14389522.631―.2721536843.20497
2巨人14371693.50717.5.2511285193.45543
3DeNA14369713.49319.5.2491405723.76588
4阪神14364763.45724.5.2445905063.38546
5ヤクルト14364781.45125.5.2561135944.73694
6中日14358823.41430.5.2451895003.65573

2016年セ・リーグの公式戦最終順位。球団名は略称。打率は阪神と中日の差が分かるようNPBの4桁表示を残した[A6]。

◇投票が示すMVP争い

公式投票では新井が781点、2位菊池涼介が429点、3位鈴木誠也が365点。新井は1位票を120票獲得し、2位の菊池に352点差をつけた。最多安打の菊池、打率.335・29本塁打の鈴木、最多勝・最高勝率の野村祐輔らがいた中での選出だった[A1][A2][A5]。

順位選手名球団1位票2位票3位票点数
1新井貴浩広島1205128781
2菊池涼介広島544621429
3鈴木誠也広島355040365
4野村祐輔広島194340264
5筒香嘉智DeNA192045200
6K.ジョンソン広島52325119
7山田哲人ヤクルト91427114
8黒田博樹広島6101272
9坂本勇人巨人151131
10中﨑翔太広島1049
11丸佳浩広島0125
12石原慶幸広島0103
13菅野智之巨人0011

セ・リーグの得票選手全員。1位5点・2位3点・3位1点。投票総数271、有効投票数269。白票は2位5票・3位13票の28点で、選手順位からは除いた。新井の1位票120は有効投票数269の約44.6%で、1位票の過半数ではない[A2]。

なぜ新井だったのか

NPB公式の投票表は票数と点数を示しているが、各投票者の選考理由を示すものではない。以下は成績と当時の記事に基づく考察であり、すべての記者が同じ理由で新井へ投票した、と断定するものではない[A2]。

考察としてまず挙げられるのは、優勝チームの主軸として挙げた101打点である。リーグ3位、チーム最多という実績は、19本塁打だけでは捉えにくい得点面の貢献を示す。ただし打点は前の打者が作る走者にも左右されるため、打点だけで他のMVP候補より優れていたと結論づけることはできない[A3][A7]。

データスタジアムによる当時の分析は、新井の勝利打点が14でリーグ3位、広島では最多だったと報じている。また打点を挙げた53試合のうち42試合で広島が勝ったと整理していた。この記事が勝負どころの打撃を高く評価していたことは確認できる。一方、勝率約.792という関係を「新井が打点を挙げたから勝った」という因果関係に置き換えることはできない[B3]。

もう一つ考えられるのは、チームの支柱としての評価である。データスタジアムの記事はベンチでの存在感にも触れ、優勝前のニッポン放送の記事は、若手が親しみを持つ一方で練習や試合での姿に敬意を払っていた様子を伝えている。実績に加えてチームを支えるベテランとしての存在感も評価された可能性がある。ただし、その寄与を投票点に換算することはできない[B3][B4]。

◇流れを止めたサヨナラ二塁打

象徴的な場面が8月7日の巨人戦だ。広島は6対7で迎えた9回裏、2死走者なしから菊池が澤村拓一の初球を左翼へ運んで同点。丸が四球で出塁し、新井が左翼への二塁打で丸を還した。8対7のサヨナラ勝ちだった。単なる印象的な一打としてではなく、当時の分析記事もMVPシーズンを象徴する場面として取り上げている[A9][A10][B3]。

◇復帰と節目が重なったシーズン

新井は阪神から広島へ復帰して2年目だった。この年の4月26日、神宮で成瀬善久から通算2000安打を達成。8月2日にも同じ神宮で石川雅規から通算300本塁打を放った。9月10日に広島がリーグ優勝を決め、11月28日に初のMVPが発表された。通算記録の節目と、その年の主軸としての働きが重なった一年だった[A4][A8][A11][B1]。

受賞時の新井は、周囲の支えへの感謝を強調した。日刊スポーツが伝えた「取らせていただいた賞」という言葉は、個人成績の順位だけでは説明しきれない優勝チームとの関係を表している。「無冠」という言葉を、貢献が小さかったという意味で読むと、このMVPの特徴を見失ってしまう[B2]。

確認日は2026年10月12日。成績とランキングは2016年セ・リーグ公式戦終了時点。本文の年齢・最年長記録の説明は2016年の受賞当時のもの。日本シリーズMVPとは区別する。OPSは表示値の合算で、WARなど確認していない指標から選出理由を断定していない。

何がすごいのか

  • 打撃部門のタイトルを一つも獲得せず、シーズンMVPに選ばれた[A1]。
  • 本塁打数だけでは目立ちにくくても、101打点で優勝チームの得点を支えた[A3][A7]。
  • 広島復帰2年目、39歳で初受賞。当時のセ・リーグ最年長MVPとなった[A4][B1]。
  • 選手・キャリア

    無冠のシーズンMVP ②

    本塁打も打点も、タイトル争いの上位にいながら頂点には届かなかった。それでもMVPに選ばれた打者の一年を、各部門の順位と優勝への働きから追う。

  • 選手・キャリア

    無冠のシーズンMVP ③

    新しいリーグでも打線の中心を担い、成績タイトルなしでMVPに選ばれた打者がいる。移籍初年度の成績と優勝への働きから、その選出を考える。

  • 選手・キャリア

    無冠のシーズンMVP ⑤

    主要打撃タイトルに手が届かなくても、攻撃の中心であり続けた。遊撃手と主将の役割を担いながら、優勝へ導いた一年を成績と当時の言葉から読む。

  • 選手・キャリア

    無冠のシーズンMVP ⑥

    長打の数だけでは伝わらない、捕手の働きがある。打線の中軸と投手陣の支えを兼ね、全試合に出場して優勝に貢献した一年をたどる。

出典