記録の歴史
NPB通算本塁打ランキングTOP20
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歴代の本塁打数を並べるだけでは、打者のタイプは見えにくい。実働期間や打率、ピーク年まで重ねると、積み上げ方の違いが浮かび上がる。
概要
NPB一軍公式戦の通算本塁打。2026年10月6日時点のNPB公式通算ランキング上位20人を対象とする。比較用の打率・長打率・年度別本塁打などは各選手のNPB個人年度別成績に基づく。NPB外の成績は含めない。
通算本塁打は、長く一軍で打席を重ねるほど有利な「積み上げ型」の記録。ただし、同じ本数でも、少ない打数で高い頻度で打った選手と、長期間コンスタントに積み上げた選手では中身が違う。そこで本記事では、本数だけでなく実働シーズン、打数、打率、長打率、1本あたりの打数、キャリア最多本塁打まで重ねて見る。 対象は歴代上位20人。選手ごとの特徴と、時代による見え方の違いも確認する。
詳細
通算本塁打ランキングTOP20
NPB公式の通算本塁打ランキングを2026年10月6日時点で整理した。順位・本塁打・試合・打数はNPB公式の通算記録を基準にしている[1]。打率・長打率と各年の本塁打は、末尾に掲載した各選手のNPB個人年度別成績を参照した。現役の中村剛也の数値は今後変わる可能性がある。
実働季=一軍公式戦に出場したシーズン数。「1HR/打数」は通算打数÷通算本塁打。数値が小さいほど本塁打の頻度が高い。
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◇本塁打1本に必要な打数
通算本塁打は長く出場するほど増えやすい。そこで通算打数を本塁打数で割ると、上位20人の中でもタイプの違いがはっきりする。トップ20平均は約16.5打数に1本。王は約10.7打数に1本で、通算1位でありながら本塁打の頻度もこの20人で最も高い。田淵幸一は約12.4打数、T.ローズは約13.5打数に1本で続く[1][9][20][22]。
田淵はトップ20で最少の5881打数ながら474本。反対に張本勲は9666打数・504本で、1本あたり約19.2打数だが、通算打率.319、3085安打という「安打を積みながら500本にも届いた」タイプだった。単純な本塁打ランキングだけでは、この違いは見えにくい[20][15][33]。
積み上げ型とピーク集中型の違い
◇キャリア最多の1シーズンが占める割合
キャリア最多本塁打を通算本数で割ると、「1シーズンのピークが通算に占める割合」を簡易的に見られる。比率が低いほど、特定の1年だけに依存せず長く積み上げた傾向が強い。ただし実働年数が短い選手ほど比率が高くなりやすいため、あくまで補助指標である。
分かりやすいのが清原和博。通算525本で歴代5位だが、シーズン最多は37本で40本塁打の年がない。極端な50本級シーズンではなく、若い頃から20〜30本台を何年も重ねたことで500本を超えた。一方、T.ローズは13実働シーズンで464本、2001年には55本。短いNPBキャリアの中で高密度・高ピークの長打力を集中して残した[13][22][2]。
王貞治も「長く積み上げた」側だが、内容はさらに異質だ。40本塁打以上を13シーズン記録し、シーズン最多55本。通算868本のピーク依存度は低いのに、毎年のピーク水準そのものが高かった。山本浩二も1977年から5年連続40本以上を記録し、短期の確変ではなく長いピークを作った[36][31]。
時代背景で変わる本塁打記録の見え方
◇同じ40~50本でもリーグによって違う
本塁打数は、試合数、球場、ボール、投手起用、リーグ全体の打撃環境などの影響を受ける。ここでは代表的なピーク年を同じリーグの数字と並べる。
特に2011年の中村剛也は「本数」より「リーグ内での差」が異常だった。48本に対して2位は25本で、ほぼ倍。リーグ6球団のチーム本塁打は最多の西武でも103本、最少ロッテは46本だった。投手側では田中将大1.27、ダルビッシュ有1.44、和田毅1.51と防御率1点台が並ぶ中での48本だった[7]。
反対に2001年の近鉄は、チーム打率.280、770得点、211本塁打。ローズ55本、中村紀洋46本で合計101本を放ち、打撃力でリーグ優勝した。通算ランキング14位と19位が同じチーム、同じ年にキャリア最大級のシーズンを重ねた珍しい例でもある[6][22][27]。
所属球団と記録の積み重ね
◇一筋の打者と移籍を重ねた打者
トップ20には、同じ球団で通算本数を積み上げた選手と、複数球団を渡り歩きながら本塁打を重ねた選手の両方がいる。王貞治、山本浩二、衣笠祥雄、長嶋茂雄、阿部慎之助は一つの球団だけでランク入り。現役の中村剛也も西武一筋で通算本塁打を積み上げている[9][12][16][18][23][26]。
一方、落合博満はロッテ・中日・巨人・日本ハムの4球団で510本。中村紀洋は近鉄、オリックス、中日、楽天、DeNAと環境を変えながら404本、山﨑武司も中日からオリックス、楽天、再び中日へ移り403本を残した。移籍後に打撃スタイルや役割が変わっても400本台まで積み上げた例だ[14][27][28]。
通算記録に隠れた選手たちのエピソード
◇捕手で657本の野村克也
野村は通算657本のうち650本を捕手として記録したと野球殿堂博物館が紹介している。3017試合出場も含め、守備負担の大きい捕手で歴代2位まで積み上げた点が特殊だ[29]。
◇アキレス腱断裂から567本まで伸ばした門田博光
1979年のキャンプ中にアキレス腱を断裂したが、翌1980年に41本塁打で復活。40歳の1988年には44本塁打・125打点で二冠とMVPを獲得した。晩年まで長打力を保ったことが通算567本につながった[30]。
◇504本なのに「安打製造機」の張本勲
張本は通算3085安打、打率.319、首位打者7回が象徴的な打者。それでも504本塁打を記録している。キャリア最多は34本で、50本級の一発屋ではなく高打率と長打を長期間両立した[33][15]。
◇504本と2215試合連続出場の衣笠祥雄
衣笠はシーズン最多32本ながら504本。2215試合連続出場の「鉄人」で、通算本塁打も耐久性と長期出場の積み重ねが大きい[34][16]。
◇437本+303盗塁の秋山幸二
秋山は437本塁打に加えて通算303盗塁。本塁打ランキング上位にいながら300盗塁も超える、長打と走力を同時に持った珍しいタイプだった[3][24]。
◇金本知憲は本塁打と「出続ける力」
金本は476本塁打に加え、1492試合連続フルイニング出場というプロ野球記録を持つ。40本を打った2005年はMVP。長期の連続出場が通算本数の土台にもなった[35][19]。
◇山﨑武司はキャリア後半にもう一度ピーク
山﨑は2004年に4本塁打だったが、楽天加入後の2005年に25本、2007年には43本塁打・108打点で二冠。通算403本の中には、30代後半での大きな再加速が含まれる[28][8]。
このランキングで分かること
通算本塁打は「一番たくさんホームランを打った順」ではあるが、その作り方は同じではない。王や田淵、ローズは打数に対する本塁打頻度が高く、張本や衣笠、金本は長い実働期間と大量の打席が大きな土台になった。清原のように40本塁打なしで500本を超えた選手もいれば、ローズのように13実働季で55本シーズンまで到達した選手もいる。ランキングを「実働期間×密度×ピーク×時代」で見ると、単純な本数以上に打者像が分かれる。
◇集計条件
NPB一軍公式戦の通算本塁打。ランキングは2026年10月6日時点。実働季はNPB個人年度別成績で一軍出場があるシーズン数を数えた。球団名は在籍当時の名称を簡略化している。中村剛也は現役のため数字が変動する。